川柳は「下五」で決まる――最後の五音に勝負をかける
川柳は五・七・五、わずか十七音の文芸です。上五で場面を提示し、中七で内容を展開し、そして最後の下五で一句を着地させる。この最後の五音をどう置くかによって、一句の印象は大きく変わります。私は川柳を作るとき「下五はこれで本当にいいのか」と推敲します。下五には、一句を締めくくるだけでなく、読者を驚かせたり、笑わせたり、考えさせたり、余韻を残したりする力があるからです。
■下五は一句の「着地点」
例えば、こんな発想が浮かんだとします。
定年後妻と二人で朝散歩(例句)
意味はよく分かります。しかし、これだけでは「定年後、妻と散歩しています」という報告になり説明句に近くなります。そこで少し視点を変えて、
古希過ぎて妻の歩幅で朝散歩 柳山
としてみます。「妻と一緒に」ではなく「妻の歩幅で」としたところに夫婦の年月が見えてきます。若いころは自分の歩幅でどんどん歩いていた夫が、古希を過ぎた今は妻の歩幅に合わせて歩く。そんな夫婦の姿まで想像できるのではないでしょうか。下五の「朝散歩」はごく平易な言葉ですが、中七の「妻の歩幅で」を受けて、穏やかな余韻を残してくれます。
■説明する「下五」より、想像させる「下五」
下五で注意したいのは、上五・中七ですでに分かっていることを説明してしまうことです。例えば、
初任給父に感謝の酒を買う(例句)
これでも意味は伝わります。しかし、「感謝」という気持ちを作者自身が説明しています。それを、
初任給無口な父に酒を注ぐ 柳山
とするとどうでしょう。「ありがとう」とは一言も書いていません。それでも「酒を注ぐ」という具体的な行為から、父への感謝が伝わってきます。感情を説明するより、行為を見せる。これは下五を考えるうえで大切な方法の一つです。
■下五で意外な方向へ曲がってみる
川柳らしい面白さを生む方法として、上五・中七から読者が予想する方向を、下五で少しずらす方法があります。例えば、
年金日曾孫が遊びにやって来る (例句)
では普通の家族風景です。ところが、
年金日なぜか曾孫がやって来る 柳山
とすると、「なぜか」が効いてきます。曾孫は本当に年金日を知っているのでしょうか。もちろん、そんなはずはないでしょう。しかし読者は、「さては、お小遣いかな」と想像します。全部を書かないから面白い。川柳では、作者が説明しなかった部分を読者が補ってくれることがあります。その余白を作る言葉を探すことも大切です。
■同じ上五・中七でも下五で景色が変わる
下五の重要性を実感するために、同じ上五・中七に違う下五を置いてみましょう。例えば、
プロポーズ待って空けとく薬指 柳山
という発想があります。「薬指」という下五によって、恋する女性の姿が一瞬で見えてきます。仮に、
プロポーズ待って空けとく予定表 (例句)
とすれば、意味は通じても、恋の象徴性は弱くなります。「薬指」だからこそ、指輪、結婚、期待、恋心まで一気に連想が広がるのです。では、もう一句。
胴上げの帽子が先に空を舞う 柳山
ここで下五を、
胴上げの帽子が先に落ちてくる
としてしまえば、単なる状況説明になってしまいます。「空を舞う」と結ぶことで、優勝の歓喜や解放感まで映像として広がってきます。下五は単なる「最後の五音」ではありません。一句の景色を決定する五音なのです。
■強い言葉を置けばよいわけではない
ここで注意したいことがあります。下五が重要だからといって、必ず強烈な言葉や「オチ」を置かなければならないわけではありません。例えば、
読み聞かせ言葉の森は母の膝 柳山
この句の下五は「母の膝」です。
派手などんでん返しはありません。しかし、「言葉の森」という広がりのある中七を、最後に「母の膝」という小さく温かな場所へ着地させています。読み聞かせの原風景、母のぬくもり、幼い日の記憶まで広がっていきます。つまり下五には、
驚かせる下五もあれば、静かに余韻を残す下五もある
ということです。大切なのは、その一句に最もふさわしい着地点を探すことです。
■下五だけを十通り考えてみよう
私は川柳の推敲法として、こんな練習をおすすめします。一句ができたら、下五をすぐに確定しないことです。例えば、
定年後妻と二人で ○○○○○
として、
朝散歩 / 旅に出る / 茶をすする / スーパーへ / 日向ぼこ など、いくつもの候補を考えてみます。すると、下五を探しているうちに、中七まで変えたくなることがあります。それでいいのです。下五を考えることは、実は一句全体をもう一度考えるヒントになることがあるのです。
■下五を推敲するときの五つのチェックポイント
一句ができたら、最後に次の五点を確認してみましょう。
① 上五・中七の説明を繰り返していないか。
② 感情を直接言わず、行動や物で表せないか。
③ 読者が予想する言葉をそのまま置いていないか。(予定調和になっていないか)
④ 読後に映像や余韻が残るか。
⑤ 声に出したとき、五音で気持ちよく着地しているか。
特に⑤は重要です。川柳は文字で読むだけでなく、句会では披講される文芸でもあります。最後の五音まで声に出してみると、下五の「座り」がよいかどうかがよく分かります。
■最後の五音まで諦めない
一句を作っていると、「上五と中七まではいいのだが、下五が決まらない」ということがよくあります。
そんなときこそ、すぐに妥協しないことです。下五を五案、十案と考えてみる。類語辞典を開いてみる。語順を変えてみる。いったん句を寝かせ、翌朝もう一度読んでみる。すると突然、「これだ!」という五音が現れることがあります。川柳は十七音しかありません。しかし、最後の五音によって、その十七音の向こう側に大きな世界を作ることができます。下五は一句の終わりではありません。読者の想像が始まる場所なのです。次に一句できたとき、ぜひ下五を隠して読んでみてください。
「ここにどんな五音を置けば、この句はもっと輝くだろう」そう考える習慣が身につけば、川柳の推敲はさらに面白くなります。最後の五音まで諦めない。そこに、平凡な一句が忘れられない一句へ変わる瞬間があるのではないでしょうか。
今日は「下五」の重要性について書いてみました。選者によっては、最初の選の段階で「下五」だけを見て半数の句を落とす選者もいます。それほど「下五」は川柳では重要な要素となります。この項目が少しでも参考になれば幸いです。
柳山
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