続・高価買取ということ
2024年7月21日に「高価買取ということ 」を書いたが、その続きである。
最近、スーパーの店先で露店みたく高価買取の商売をしている光景を目にすることが多くなった。自分にはあまり関係ないと思っていたが、ある日の朝刊にその折り込みチラシが入っていた。文面を読むと、貴金属やブランド品の他に、テレホン...【続きを読む】
ロマンス
岩崎宏美の「ロマンス」は、私が大学1年生の頃に大ヒットした。デビューから2枚目のシングルレコードだったと記憶している。その前にGARO(ガロ)の「ロマンス」もあった。大橋純子の「シルエット・ロマンス」もさらに思い出した。
「ロマンス」って何なのだろう。語源は「ローマ的」という意味から来ているが、...【続きを読む】
思考の文脈
読売新聞に毎月1回程度「言の葉巡り」というコラムが掲載される。4月25日付けの「『息子の写真』『漱石の本』」(編集委員 伊藤剛寛)の記事がおもしろかった。
「写真撮影、横臥禁止」。寺にこんな貼り紙があったそうだ。観光客の一人が「写真を撮ろう」と言うと、連れが「だめだよ」と貼り紙を指さす。すると、...【続きを読む】
「介護の日」川柳コンテストの案内
第4回「介護の日」川柳コンテストが開催されます(主催はグッドタイムリビング株式会社)。私も第1回から審査協力しています。
応募期間は7月1日から9月30日までの3か月間です。一次審査は毎月優秀賞を3作品選出して発表します。二次審査は優秀賞の中からグッドタイム大賞(最優秀賞)1作品が決定されます。...【続きを読む】
内弁慶について
子供の頃、親(特に母親)から、お前は内弁慶だとよく言われていた。それは私が気難しくてわがままで好き嫌いが激しかったからである。要するに、親に世話を焼かせてばかりの面倒くさい息子だった。
それでも昔の躾けは厳しいところがあったので、駄々をこねたからといって、自分の思うとおりにはさせてくれない。だか...【続きを読む】
正論と曲論
中学生の頃だったと思うが、国語の授業で正論と曲論をテーマにしたものを学んだ。今でも憶えていることは、教科書に載っていた3つの事例(これらの他にも書かれていたものがあったかもしれない)の曲論である。かなり記憶が曖昧になってきたが、一応以下に紹介してみる。
ベストセラーになった本は良書であるというの...【続きを読む】
豆腐の角について
小学校高学年の頃、担任の先生が何か事が起きて生徒を注意する際に「豆腐の角(かど)に頭をぶつけて死んでしまえ」と、冗談めかしてよく言っていた。何度指導しても駄目な生徒に対して呆れ返ってしまった場合によく発するのがこれの台詞だった。さすがに面前で馬鹿野郎などとストレートなものの言い方はできないので、こ...【続きを読む】
七色と七味の唐辛子
香辛料の唐辛子は、関東では七色唐辛子と呼ぶのが普通だった。略して七色と言えばこれをさしていた。これは子供の頃の記憶にはっきり残っている。私の父親はそう呼んでいろいろな料理に振りかけていた。
今では七味唐辛子の呼び方の方が一般的になってきているようである。七味から派生した一味の唐辛子もよく使われて...【続きを読む】
本屋とレコード店
私が生まれ育った町には、かつてそれなりに賑わっていた商店街が一応は存在していた。歳末商戦とか福引セールとかがあって、活気に満ちていた風景が脳裡に残っている。今は見る影もない。
当時の商店街には本屋とレコード店がなかった。本とレコードを買おうとするなら、隣り町の栃木市や宇都宮まで出掛けなければなら...【続きを読む】
スダジイと言うけど…
縄文時代の日本人は狩猟採集で暮らしていた。ドングリなどを拾ってはよく食べていたようである。そのドングリの代表格であるスダジイのドングリは生でも食べられるらしいことを最近知った。マテバシイのドングリもやはり食べられるようなのだが、私は食べ方よりもスダジイとマテバシイの名前の方が気になった。
シイは...【続きを読む】
正座して大砲二門…
壬生と宇都宮でそれぞれ月1回の川柳指導を行っている。壬生の方の「みぶスリーアップ川柳会」は互選と一人選が主となる句会である。前回の入選作のみならず選外になった作品もワープロにまとめて出席者に配付し、それをもとに私がコメントする時間が毎回披講前に設けられている。これは、没句についてもその中にひょっと...【続きを読む】
モロとチタケ
先日、テレビの料理番組を観ていたら、はんぺんの美味しい食べ方が紹介されていた。さらに、原材料は何かというクイズが出されたが、正解はサメのすり身を主原料にしているとのこと。サメから作られていることに出演者たちが大変驚いていたが、サメの食材としての活用方法に、栃木県で食されているモロ料理があることにも...【続きを読む】
No.1について
トランプ大統領の発言が世界を搔き回しているが、2017年に始まった1期目の時から思っていたことがある。当時は「アメリカ・ファースト」のフレーズが声高に何度も叫ばれていた。もう既にアメリカはNo.1ではないからそのように繰り返されたのか。No.2に転落しかけているから必死になって足搔いているのか。い...【続きを読む】
ステレオについて
前回から続きのようになるが、我が家の応接間にはステレオもあった。レコードプレーヤー・アンプ・チューナーなどとこれを挟んだ左右二つのスピーカーからなる、いわゆるセパレートタイプのものである。昭和時代は、百科事典の他にステレオも応接間に置いていた家庭は多かった。ステレオは百科事典と違って飾り物ではなか...【続きを読む】
百科事典の思い出
昭和の高度経済成長期の頃、何種類もの百科事典が大手出版社から販売されていた。何10巻というボリュームが木製本箱に収められ、それが各家庭の応接間などに鎮座していた。今から振り返ると、一体どれほど活用されていたのだろうかと些か疑問に思う。インテリアの一つだった家庭が多かったかもしれない。当時はそうこと...【続きを読む】
長老害あるいは超老害について
Copilotに「老害という言葉はいつ生まれたのですか?」と質問したら、以下の回答を得た(もともとの出典は「コトバ意味ネット」のサイトから)。
[「老害」という言葉は比較的新しい表現で、40年ほど前から存在していたとされていますが、特に20年ほど前から広く使われるようになったようです。もともとは「...【続きを読む】
牡蛎で大あたり
牡蛎(かき)で食あたりした経験がある。今でもはっきり憶えている。
30代の後半だった。急患室の電話当番という夜間業務が当時の若手事務員に月1回程度課せられていた。それに当たっていたある日、深夜に腹痛を起こした患者からの連絡があった。当直医が受診してもらって構わないということだったので来院すること...【続きを読む】
メガネを買い換える
2022年2月6日に「メガネの更新サイクルについて」を書いたが、平成20年の12月以来、何と17年ぶりにメガネを買い換えた。さほど視力は落ちていないが、レンズの劣化がかなり進んだからである。
下にある2枚の写真のとおり、近所の眼鏡店で2つ作ってもらった。メタルフレームと予備用の黒縁タイプである。...【続きを読む】
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