「招集」と「召集」
漢字の使い方は難しい。例えば「かたい」には、「堅い」「固い」「硬い」の三種類の表記がある。これをどう使い分けするか。ネットを調べれば「堅」「固」「硬」の意味合いの違いが詳しく説明されていて、なるほどとすぐに理解できるが、実際にこれをきちんと使い分けて文章を書ける人間がどれほどいるだろうか? 事程左...【続きを読む】
独居生活の呟き
母が亡くなり独居(老人)生活が始まった。いずれやって来るものとして覚悟はしていたが、ひと月経って、既に予期せぬこと、想定外のことも起きている。独居生活と一人暮らしとはかなりニュアンスが異なることを知った。
12年前に父が81歳で亡くなった時、死ぬまでの数年間は喉の状態で苦しんでいた。何かを食べて...【続きを読む】
健康寿命について
以前に載せた「ピンピンコロリ、人生100年時代 | 三上博史ブログ (shinyokan.jp)」(2020年8月3日)というブログの中で、「ピンピンコロリ」という軽い響きの言葉に私が馴染めないでいることを書いた。
先月3日に94歳で亡くなった母は、簡単な料理、食器洗い、お米研ぎ、洗濯物を干した...【続きを読む】
「前で掛けてお待ちください」
昭和55年に大学を卒業して東京から栃木へ戻り、地元の私立医科大学の事務職として入職した。最初に配属された部署は附属病院の医療事務部門だった。その頃のことで忘れられないことが一つある。
外来患者受付窓口の一つを担当することになった。ある検査部門の窓口業務を数人の職員で朝から夕まで応対してこなすのだ...【続きを読む】
銀行という存在
以下は川柳研究会「鬼怒の芽」の柳誌第267号(平成31年3月31日発行)・第268号(同年4月30日発行)の「あとがき」に書いたものである〈原文は縦書き、一部加筆あり〉。
先日、隣市に行く用ができ、以前からその市にある某銀行へ普通預金口座を開設しようと考えていたので、用事を済ませてからその支店へ...【続きを読む】
クレーマー的性格について
川柳仲間にクレーマーがいた。市役所などに電話してよく文句を言っていた。そしてそれを自慢気に話していた。聞かされる方は、一応頷きながらも内心『よくやるよ』と半ば呆れることもしばしばだった。
当人は自分なりの信念や道理に基づいてクレームを発信しているのだろうが、どうも物事を冷静的かつ客観的に眺めよう...【続きを読む】
例幣使街道
栃木県には例幣街道が通っている。正式には日光例幣使街道というのだが、道路標識には日光が抜けている。Wikipediaを読むとこう書かれている。長くなるが引用する。
「日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)は、江戸時代の脇街道の一つで、徳川家康の没後、東照宮に幣帛を奉献するための勅使(日光例幣...【続きを読む】
一級河川・二級河川
電車でも車でもあちこちいろいろなところへ出かけて、いろいろな川を橋で渡る。河川表示の看板を見ると「一級河川 〇〇川」と書かれているのがほとんどである。一級があるなら、二級、三級もあるのではないか。昔の清酒やウイスキーにはそういった格付け(確か特級というのもあったが、三級はなかったか)があったので、...【続きを読む】
今にして思う手内職について
以前に「ただいまぁ!」 | (2021年7月12日)というブログを書いたが、我が家の母親の内職仕事のことについてふれてみたい。
記憶を遡って辿り着く最初の内職は、まだ私が小学校に上がる前、麻縄で下駄の鼻緒を作っていた。栃木県は大麻の産地なのでその麻を原料にした麻縄づくりが地場産業になっていたの...【続きを読む】
柿食えば…
私の家の裏庭(そうは言っても大した広さではないが)に柿の木が1本生えている。おそらく私と同じくらいの年齢、還暦を過ぎているのではないか。毎年、50から60個ほど、いやそれ以上の数の実を生らせてくれるが、振り返ってみると、私と柿の実との付き合い方にもそれなりの変遷があったようである。
子供の頃の贅...【続きを読む】
アンサンブルの思い出
私の家では、毎日食べる米は米屋で買うのではなく親戚からずっと玄米1年分を買っていて、それを精米しながら炊いていた。
きっかけは私が小6の昭和43年の時である。庭先に車庫を建てることになった。その工事で出入りしていた作業員の一人が兼業農家で母親の遠い親戚にあたることが判り、玄米を売ってくれることに...【続きを読む】
牛乳とヨーグルト
子供の頃は配達された牛乳を毎朝飲んでいた。我が家は両親と姉と私の4人家族。姉は牛乳が何故か嫌いだった(多分70歳近くになる今もそうだと思う)。1合180CCの瓶入り牛乳を1本、同じく小さな瓶入りのヨーグルトが毎日早朝に我が家の軒先に配達されていた。冷蔵庫など一般家庭にはまだ普及されてなかった時代、...【続きを読む】
大学5年生
舟木一夫のヒット曲に「高校三年生」というのがあるが、私の人生には「大学5年生」という経験がある。自分の過去を振り返って、この1年間が無駄だったかそうでなかったかと、折にふれて考えることがあった。
大学4年の時に、このまま卒業することにどうしても自分が納得できず、卒論だけを残して1年間自主留年をす...【続きを読む】
三才や五客なんて…
9月に立ち上がった「みぶスリーアップ川柳会」の例会(月例句会)のやり方について、指導する顧問としての私にはいくつか考えることがあって、それらを会へ提示して了解してもらった。
宿題だけにして席題は設けない。合点制で出席者の成績をランキングにしない。入選句のうち特選は設けるが、三才、五客などの位付け...【続きを読む】
老いるということ
60歳を過ぎてからは5歳毎に老いていくと、ある時、年上の人から言われたことがあった。65歳、70歳、75歳、80歳と、段階を踏んで病気を抱え込んだり、怪我をしたりするということらしい。実際はそれらの節目で自分の身体に何かが突如現れる訳ではなかろう。自己認識としてどうしてもそのようにイメージして解釈...【続きを読む】
川柳遊人について
栃木県シルバー大学校というのがある。名称から容易に推測できるとおり、60歳以上の方が入学応募できる対象者である。福祉や健康などを学ぶ学科があって、学校自体は県内の三つ(県北・県央・県南)に分かれ、宇都宮市には中央校が設置されている。その学生自治会にはいくつものクラブ活動が組織されており、その一つに...【続きを読む】
ラッキーが奇跡的に重なるなんて…
年金振込みをどこの金融機関にするか、これは受給開始前の要検討事項である。どこの銀行も、うちに年金を入れてくれとあの手この手で勧誘してくる。受給年齢以前に年金相談会へ参加させて早めに囲い込みすることなどはよくやる方法である。マイナス金利時代なので大したものではないが、定期預金の利率の上乗せというサー...【続きを読む】
作句モードにスイッチが入ったら…
川柳をやり始めて数年後、大阪の「川柳展望」(季刊)から誌友としての入会案内が届きあり、さらにその数年後、同じく大阪の「川柳文学コロキュウム」(当初隔月刊その後季刊)から会員としての誘いが来た。いずれの吟社とも快諾して入会した。それぞれ柳誌発行前の決められた日までに10句の雑詠を詠んで提出しなければ...【続きを読む】
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