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 ロシアのウクライナ侵攻で、戦争犯罪のことが話題に上がっている。いろいろなことが報道されているが、戦争犯罪とは何だろうと改めて考えてみたくなった。映画にもなった東京裁判のことを思い出したり、その後の各地で行われた紛争などにおいても発覚した犯罪のことを思い浮かべたりもした。
 戦争には戦争犯罪が付き物である。犯罪のない戦争というものはないのではないか。ウクライナ侵攻が終結すれば、改めて戦争犯罪が浮き彫りにされることだろう。そして国際刑事裁判所なとで法的な解決がなされる。
 読売新聞とちぎ時事川柳の選を毎週しているが、数か月前、ウクライナ侵攻での戦争犯罪のことを詠んだ作品が投句されていた。ロシアという国家あるいはロシア軍による戦争犯罪のことが新聞の紙面やテレビのニュースで盛んに報道されたが、その作品の句意は、そういったことを題材にしたものではなく、それ以前に、どこの国であろうが戦争を行うことそれ自体が犯罪だろうということを詠み込んだものだった。作品は結果的に選外になったが、その句を読んで、私はこれは極めて日本人的な発想だと感じたのである。
 欧米人の平和論・戦争観では、自国の領土が攻められてこれを守ろうと戦争することは国家として当然の責務であり、有事のために防衛組織を備えておくことは全く正当であると考えるのが一般的である。そういう意味での軍隊は必要不可欠な存在であり、大袈裟に言えば、欧米諸国の長い歴史は領土を奪い合うための戦争の連鎖の時系列でもあった。
 島国である日本は内乱が繰り返し起きていたとしても欧米と比べて比較的平和な秩序が保たれ、他国からの侵略に対して、いつもそれを想定した態勢をとっていた訳ではない。大雑把に言えば、欧米は戦時が常態、日本は平時が常態と言えるだろうか。だから日本の場合は、そもそも戦争などは要らない、戦争そのものが犯罪なのではないかという考え方が生まれてくる訳である。戦争なんかせずに何とか世界は平和的にまとまらないか、欧米から見ればそういう安易な発想を持ちたがる。
 これは是非の問題ではない。しかし日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識みたいな構図があることも否定できない。それでは認識を改めて改善すべきだろうか。欧米的な国際感覚を身に付けたとしても、なかなかそう簡単にうまくいくものではない。
 絶対的な悪として戦争を解釈しようとする日本人。戦争の善悪を相対化して、正当な理由があれば戦争をしなければならない場合が当然あると考える欧米人。今回のロシアによるウクライナ侵攻でも、こういうものの考え方の違いが潜んでいることに気がつく。

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