8月6日の読売新聞の記事がずっと印象に残っている。1954年に起きた「第五福竜丸事件」と昨年ノーベル平和賞を受賞した「被団協(日本原水爆被害者団体協議会)」の関係について記述している箇所を以下に要約して紹介する。
〇 差別を恐れ口をつぐんだ
原爆にあい、近親を殺されたものとして、遺族の方と同じ悲しみと憤りを感じます。勇気を振い興し平和のため頑張りましょう。
第五福竜丸事件から半年後の1954年9月23日、40歳だった無線長の久保山愛吉さんが急性放射能症で死亡した。当時22歳だった被団協代表委員の田中 熙巳(てるみ)さん(93)は、職場の同僚と久保山さんの遺族に送った寄せ書きに、自身が被爆者であるとつづった。
「勇気を出して立ち上がることが久保山さんの霊に応えることになると感じていたのだろう」と振り返る。
田中さんは45年8月9日、長崎の爆心地から3・2キロの自宅で被爆した。奇跡的にほぼ無傷で、3日後、伯母を捜しに爆心地付近に入った。焼け落ちた家の周りには遺体が放置されていた。伯母は自宅の焼け跡で黒焦げの姿で見つかった。伯母ら5人の親類を亡くした。
「たとえ戦争といえどもこんな殺し方、こんな傷つけ方をしてはいけない」。13歳だった少年の心にそう刻み込まれた。しかし、多くの被爆者たちと同じく、大学進学を目指して上京後も自身の体験は口にしなかった。被爆者への差別や偏見を恐れたためだ。
〇「空白の10年」経て結集
その意識を変えたのが、第五福竜丸事件だった。「原水爆反対の運動が、 燎原(りょうげん) の火のように日本中に広がっていった」。田中さんも同僚と連日、東京の住宅を回って反対署名を集めた。
55年8月6日に初めての原水爆禁止世界大会が広島で開かれ、翌56年の長崎大会で被団協が結成された。〈私たちは自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おう〉。結成宣言にはそう記された。
その場にいた田中さんは、被爆者が沈黙を強いられた「空白の10年」を経て結集する姿に希望を抱いた。
記事はこの後、1957年の被爆者健康手帳の交付開始、95年の被爆者援護法の施行などへつながった被団協の活動について言及している。さらに広島で被爆した方が、70歳になってから約90か国を訪れ、紛争や核実験による被害者らと交流を重ねていることも併せて紹介されているが割愛する。
田中熙巳さんの記事で強く印象に残ったのは、被爆者への差別と偏見による苦しみが続き、10年後、第五福竜丸事件がきっかけとなって、ようやく原水爆反対の運動が日本中に広がっていったことである。この辺の事情は、私の原爆に関する認識の中でほとんど欠落していた。
戦後すぐに反対する運動の機運は起こらなかった。GHQは凄惨な被爆の実態を調査しながらも日本国民へは被害状況を隠蔽し、報道することも制限していた。被爆者たちには世間からの冷たい目に耐える10年があったが、そういった事実の記憶は、反対運動の方にメディアの関心が集まるようになると少しずつ薄れていったようである。
実は平成の始めの頃、職場の上司を含めた数名で長崎市へ出張する機会があった。ある公的な事業に関わっていてその用務が終わると、夜に懇親を深める会食(端的に言えば接待)があった。市内の料亭みたいなところで飲んだり食べたり喋ったりして盛り上がっていたが、先方の一人が何かの話題に関連して、50年近く前の長崎の原爆投下のことを話し始めた。
内容は悲惨な被爆のことではなかった。最近になってその人の母親が、実は被爆者であることを打ち明けたというのである。自分も(少なくとも40歳を過ぎているとお見受けした)被爆二世に当たることを今更ながら思い知ったという話しだった。原爆投下後50年近く経過し、母はようやく被爆のことを息子に告白した訳だが、その人は宴会の場で淡々と話していた。出張でやって来たこちらも素直に耳を傾けていた。
母も息子も被爆症状が出ていないようだったが(おそらく手帳も持っていなかったのではないか)、いずれにせよ、母親がそれをずっと隠し続けていたことに驚いた。被爆者への差別と偏見が恐かったからであろう。
被団協の活動が始まるまで10年は空白にされてきたが、当事者たちの苦悩は計り知れないものだった。今でこそ、その活動は高く評価されているが、それまでの苦難に満ちた10年は影の部分になり、数十年後の現代の視点で原爆のことを考える場合には、あまり言及されなくなっているようだ。
読売の出色の記事を読みながら、30年以上前の長崎出張の時のことを俄かに思い出し、自分なりに点と点が繋がったような気がしたのである。新聞の特集記事を丹念に読むことは勉強になる。その読み甲斐を改めて感じた。
なお、NHKのEテレに「NHKアカデミア」という地味な番組があり、8月20日・27日の2回にわたって田中熙巳さんの活動が自身の言葉で語られていた。ここでも、空白の10年や第五福竜丸のことに言及している。
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