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 我が家が季節のいろいろな行事や地域の伝統的な慣習(風習)を守っていたことは、これまでも何回か書いてきたが、お盆のことにはまだふれていなかったので以下に書いてみる。
 36年前に私の妻が急逝して、仏様のいる(仏壇のある)家になった。以来、8月の月遅れのお盆には毎年必ず盆棚飾りを用意して仏様を迎えるようにしている。迎え盆、送り盆の日には提灯を下げてお墓へ行っている。
 私の勤務先は公務員に準じた扱いのところだったので、お盆期間中の休業はなかった。だから盆棚飾りの準備や片付けは私の父がいつもやっていた。その父親も10数年前に亡くなったので、迎え盆から送り盆の日まではなるべく夏季特別休暇や有給休暇を取るようにして、何とか私がそれを受け継ぐこととなった。
 仏壇から位牌を持ち出して祭壇に載せる。果物や菓子などのお供物、盆花や真菰(まこも)を用意する。提灯は一対の岐阜提灯を天井から吊り下げていた。老母は、御飯事(おままごと)に使うようなお椀やお皿に、ぼた餅やかぼちゃの煮つけ、そうめんなどを盛って供えていた。迎え盆の夕方から送り盆のお昼まで、亡くなる年まで律儀に欠かさずやっていた。ここまでお盆の行事を続けている家は、今ではかなり少なくなっているのではないか。なお、菩提寺の和尚さんは毎年必ず棚経に来てくれていた。
 その老母も3年前の11月に94歳で亡くなった。翌年の初盆はどうするか。亡くなって少なくとも1年間は、なるべく今までどおりに我が家の行事を引き継いでやっていきたいと考えていたので、盆飾りも前年どおりに準備した。しかしぼた餅を供えることは諦めた。さすがに餡子を作るのは私には無理だったのである。
 迎え盆の日に飾り物の一つである岐阜提灯を物置から持って来て飾ろうとすると、円筒形の中ほどから提灯の紙が破けてしまった。30年以上使用していたものである。もう処分するしかない。
 ずっと仕舞っておいた回転灯篭が一対まだあることを急に思い出して、これに切り替えることにした。暑い中何とか組み立てることが出来てほっと安心した。灯りを点ければ走馬灯のようにぐるぐる回り始める。白熱電球が熱くなると気流が上昇してファンみたいなものを回す仕掛けである。青色が基調でミラーボールに似たような光りを放つ。
 さてそれから2年経って、今年も迎え盆の日にいつもの準備を済ませてお墓へご先祖をお迎えに行った。家に着いて夕刻となり、回転灯篭の電源を入れた。急にソケットのところがショートしてちょっとした火花が出た。2つともである。電球は明るくならなくなった。おそらく断線したのだろう。がっくりである。仕方がないと諦めた。灯篭はそのままにした。
 送り盆が終わって灯篭を仕舞う際にもう一度ソケットのところを確認すると、ソケットの根元のところのコードが焼けて切れているのがはっきり判った。来年も電気の点かない回転灯篭を飾るのか。うーん、自分で修理できるのではないか。来年までに直せるかどうか挑戦したいと考えている。それは何故かというと、今年小学生になった孫娘に、モーターもないのに灯篭が回転する仕掛けをいつか教えてあげたくなったからである。何年先のことになるか分からないが、そういうことも楽しみにして齢を重ねているのである。

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