2023年9月6日に「老人と高齢者 」を載せた。それを補完するようなことを書いてみたい。
1970年(昭和45年)に「老人と子供のポルカ」(歌:左卜全とひまわりキティーズ/作詞・作曲:早川博二)という曲が大ヒットしたが、昭和時代までは「老人」という言葉が普通に使われていた。その名残をネットで調べることができる。例えば医療の世界では、老人性白内障、老人性難聴など、これを枕言葉に使った病名がいくつも出てくる。齢を重ねたのだから現れても仕方ない病気という医学的な共通認識が根底にありそうである。
しかしこの老人性も今ではすっかり使われなくなった。医学用語では、やや婉曲した老年性という言葉を見受けることもあるが、主流は加齢(性)だろうか。以前は「かれい」と聞いて「カレー(ライス)」と勘違いすることも多かったが、平成になって少しずつ定着して、加齢性なんとかの語彙は、老人性なんとかのそれよりも上回っているのではなかろうか。
昭和時代は新聞記事で「老女が車にはねられて重傷」などという見出しのものが頻繁に載っていた。今では考えられない書き方である。Wikipediaによると、もともとの老女は、武家や公家で侍女の筆頭である女性のことをさしていた。また幕府女中の上臈(じょうろう)御年寄、小上臈、御年寄の三役の総称として、老女という呼称が用いられた。
江戸時代までは「老」がつく職は高い地位をさしていたことを思い出した。老中、家老などがその典型である。戦前には元老という立場の偉い人もいた。平均寿命が短かった時代は、少しでも長く老いることは幕府や国家などへの貢献度を物語り、名誉なことでもあった。
超高齢化社会が進行する今の世の中は、「老」の名誉性は風前の灯火になってしまった感がある。ハラスメントやコンプライアンスの概念が跋扈するような時代、メディアが「老人」や「老人性」と言っただけで眉を顰められる。高齢者ばかりの世の中なのに、「老いる」ことへのストレートな表現が忌避される。たとえ当人からの発言であっても、老人や年寄で何が悪いという開き直った考え方は品がないように思われるのである。相撲の「年寄株」などは例外だろうか。
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