NHKの短歌番組を毎週視聴しているが、3月に開催された全国大会で特選になった作品を紹介するシリーズが6月に放映された。この大会の選者を務めた歌人の中から著名な3人が出演して、選評や鑑賞のコメントをする内容のものだった。観ていて私には二つほど気になることがあった。
一つは、北朝鮮から発射される飛翔体(妙な言い方だと私は以前から感じているが)のことを詠んだ作品である。飛翔体をミサイルと言い表していてそれはまだいいと思うのだが、それが飛んで来る警報をアラートではなくアラームと呼んでいたことに驚いた。アラームと言えば、目覚まし時計を想起する方が多いだろう。こういった緊急事態に対して発出されるのはアラームではなくアラートである。「Jアラート」などはよく聞く言葉である。いずれにせよ、この作者は言葉の使い方を間違えている。推敲不足は否めないだろう。
もう一つは、ワンタイムパスワードをテーマにしたと思われる作品についてである。思われると敢えて回りくどい言い方にしたのは、「ワンタイムパスコード」という言葉を使っていたからである。「~パスコード」という用語はネットを検索しても見当たらない。おそらく「~パスワード」の間違いだろう。やはり推敲が不充分だと考える。
後者の作品についてさらに言及すると、10音になるこの長い外来語をうまく句またがりにして詠み込んでいた。内容はワンタイムパスワードがパソコンやスマホの画面に現れるとすぐに消えてしまうというようなことを詠んでいて、これはおかしいぞ!と、すぐに私は違和感を持った。
ワンタイムパスワードという二段階認証(多要素認証)のセキュリティ対策がいろいろな場面で導入されるようになって既に久しい。当初は私も戸惑った。WebメールやSMSなどで届くこの自動生成された数字のパスワード(認証コード、セキュリティコード)の通知が迷惑メールや迷惑メッセージのトレイやフォルダーに入ってしまい、それになかなか気づかなくて慌てたことが度々あった。しかし、そういったことにも少しずつ慣れてくると、面倒くささは感じなくなってくる。セキュリティ管理の上で必要な認証手続きだと理解すれば、仕方がないものだと納得するようになる。
私がワンタイムパスワードに対していつも抱いている印象は、6ケタの数字の使い捨てがいかにも現代の消費社会らしい方法だなぁ、という点である。送信のクリックやタップを行えばいくらでもパスワードが自分宛てに届く。制限時間内(わずか数分)にコピペしないと呆気なく無効となる。皮肉った言い方かもしれないが、何につけタイパを重視する今の世の中にうまくマッチしているやり方である。
ワンタイムパスワードは要求すればいくらでも送ってもらえて、送信された数字は画面上にいつでも呼び出せて消えることはない。メールを削除しない限りずっと残り続ける。もちろん残っていてもそれが役に立つことは限られた時間の中の1度きりである。用が済んだ後は情報のゴミに成り果てるだけとなる。すぐに消えることはないが、もう見向きもされない侘しい存在と言えるだろうか。そういったことを三十一音の中に詠んだ方が、いかにも資本主義的な情報化社会を冷ややかに観察するようでおもしろいと私は感じるのだが、どうだろうか。
作品の中で、ワンタイムパスワードがすぐ消えてしまうと詠んだ作者の意図が私にはどう考えても理解できなかった。何かの考え違いをしているのではないか、そのようにも思えた。3人の歌人のいずれもが疑問を呈さなかったのも不思議だった。
川柳で数千に上る応募作品の選を任されることは私にもあるが、言葉の誤用や誤字があればどんなにいい作品と思っても即アウト、ボツにしてしまう。それは見直しや推敲が足りないと判定するからである。今の世の中は、スマホがあれば用字用語、言葉づかいのチェックは簡単に出来る。
デジタル化が急速に進展していく中で何とかそれに追いついていこうとする姿勢も大切である。もう昭和の頃のようなアナログの暮らしは戻ってこないのだから、開き直って情報のデジタル化に少しずつでも付き合っていこうとしなければいけない。情報ツールの基本的な操作知識の習得はマナーレベルのことだろう。
それらを怠るようでは、たとえどんなにおもしろい着想の作品でも、あるいは独特の措辞を使いこなしていたとしても、私は特選どころか入選にもしない。短歌の世界はいささか川柳とは考え方が異なるのだろうか。
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