2年前の2023年6月27日に「第二の『第二芸術論』について-生成AIの時代を迎えて- 」を書いたが、最近、生成AIがどのくらい進歩しているか気になって、Copilotでエゴサーチしてみた。かなりの改善が見られたので驚いた。
まず、私がどんな川柳作家であるか尋ねてみた。これはいくつか上梓した拙著の奥付やネット上で紹介されている経歴をうまく取り入れて答えている。中身的には合格点を付けられるだろう。
それではどういう作風でどんな作品があるのかを教えてほしいと訊いたら、以下のとおりの回答だった。
[読む人の心にそっと寄り添う魅力があります。以下は、彼の著書『川柳作家ベストコレクション 三上博史』などに収録されている代表的な作品の一部です。
- ピーマンの凹み具合にある色気
- 裏表あって私が立っている
- ラグビーボールホイホイホイと逃げ回る
- みんな賛成結果はみんな無責任
- 文化とは国が決めるな文化の日
- ゆるキャラの元祖軽トラだと思う
- スコップはお尻で仕事させられる
- 煩悩をうまく収めた頭蓋骨
これらの句は、擬人化や比喩を巧みに使いながら、社会風刺や人間の本質を鋭く描いています。特に「裏表あって私が立っている」は、彼の代表作として本のサブタイトルにもなっており、自身の存在や人間の二面性を象徴的に表現しています。
もっとテーマ別に紹介したり、作品の解釈を深掘りしたりもできますよ。どんな方向で楽しんでみたいですか?
三上博史さんの川柳の作風は、日常の中にある感情や風景を、ユーモアと哀愁を交えて描くことに特徴があります。彼の句は、何気ない出来事や物事に鋭い観察眼を向け、そこに人間らしさや社会の本質を見出すスタイルが魅力です。
主な作風の特徴
- 日常の詩情化
たとえば「ピーマンの凹み具合にある色気」のように、台所の野菜ひとつにも色気や感情を見出す感性が光ります。 - 人間の内面へのまなざし
「裏表あって私が立っている」では、人間の二面性や存在の不安定さを象徴的に表現しています。 - 社会風刺とユーモアの融合
「文化とは国が決めるな文化の日」など、社会制度や風潮に対する皮肉を、軽妙な言葉で表現しています。 - 擬人化や比喩の巧みさ
「スコップはお尻で仕事させられる」など、道具や物に人間の感情や行動を重ねることで、読者にクスッと笑わせながらも深く考えさせます。 - 余白の美学
読み手に想像の余地を残す表現が多く、句の奥行きや余韻を大切にしています。
三上さんの句は、読むたびに新しい発見があり、心のどこかにそっと触れてくるような味わいがあります。もしよければ、特定のテーマ(たとえば「季節」「家族」「社会風刺」など)で作品を紹介することもできますよ。どんな方向で楽しんでみたいですか?]
以上の文章を読むと、好意的に上手くまとめられているというのが素直な感想である。拙著がいろいろなところで紹介されていることは承知しているが、お会いしたことがない川柳愛好者のブログにもいくつか鑑賞文が載せられているようである。おそらくそういうところからの情報も含めて作風が論じられているのだろう。
当たり障りのない文章と言えばそれまでの話しになってしまうが、まあまあの出来なのではないか。もちろんもの足りなさも感じる。
AIは無難に文章をまとめようとする方向に力が入るようである。しかし生身の人間が作る文章には、無難さだけでなく何らかの癖も必要である。すんなり読み進められる文章は淡白な味付けになる。スパイスを効かせるところも欲しい。そうでないと平板な言葉の連なりに眠くなりそうになる。読む方は、眠気を吹き飛ばすようなハッとする展開をいくらかでも期待している。こういったことを踏まえるのが文章の書き方のコツだと思う。
そうは言っても、わずか2年前に質問した時よりも、AIの回答は格段に質が高くなったことは確かである。このままで行くと、さらに期待が持てそうな感じもしてくる。そして、これをうまく使いこなせれば、三上博史風のオリジナル作品を詠むことも生成AIで可能になってくるのだろうか。うーん、何か空恐ろしい気がする。
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