Facebookをやり始めて6年目になる。毎朝「∬∬ 今日の一句 ∬∬」を載せるようにしている。たくさんの人に読んでもらいたいので、当初から友達を増やしていき、現在3,400人程度になっている。おかげで「いいね」の数もそこそこにある。
日々Facebookの画面を開いていろいろな友達の投稿を眺めながらいつも感じるのは、プロフィールの顔写真の写りがよく出来ているものが多いということである。これは女性について特に言える。それがはっきり判るのは、何かのスナップ写真が投稿されて見比べた時である。
綺麗にかっこよく写りたいと思うことはごく自然な人間の心理である。でもフォーマルな装いの顔写真と日常生活の姿のスナップ写真とのギャップに気がついたら、これはいささか興醒めする。SNSというネットの世界だから実際にお会いするようなことはほとんど有り得ないだろう。しかし、見栄えよく写った若い頃の顔写真をトップに載せておきながら、現在の素顔が判ってしまうような最近のスナップ写真を繰り返し投稿されると、どちらが本物(現物?)なのかは自ずとバレてしまう訳である。
余計なお世話かもしれないが、図らずも見比べられてしまうのは仕方のないことだ。芸能人ではないので、そこら辺りあまり気にすることはないのだろうが、かなり幻滅させる場合だってあるだろう。載せることに少しの躊躇いもないのだろうか。Instagramでは、美しい女優さんはどんな場合でも上手に撮れたものしか載せてはいない。これはさすがにプロのスマートさである。
先日、中学校の同窓会があった。久し振りに会うと誰が誰だかなかなか判別がつかないが、和んでくると中学時代の面影が少しずつ甦って当時のことが少しずつ思い出されてくる。懇親を深めながら(アルコールの酔いも回ってきて)、面差しについての当時と現在の二重写しの乖離は次第に狭まってくる。そしてジグソーパズルのように過去と現在がしっかり嵌ってくると,急に懐かしくなって一気に打ち解けてくる。もう気分は中学生同士である。
ところが翌日以降にすっかり楽しんだ同窓会のことを改めて思い返すと、会ったばかりの高齢者になっていた姿ではなく、若かった頃の表情が脳裡に浮かび上がってきてしまう。直近よりはるか昔の中学時代の印象の方がどれほど強いかを実感する。若いままの記憶と老いてからの印象とでは、脳への刻印のされ方が全く違うようだ。そして、若い頃の友達は老いても相変わらず若いままであると思いたがる。
会えばお互いすんなりタイムスリップすることができる。これが同窓会の面白さ、楽しさである。当時の話題を持ち出すと、俄かに記憶が甦りいつでも中学生気分に浸らせてくれる。同窓会は2、3年後にまた催される予定である。
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