かつてNHKで「ヒューマニエンス・クエスト」という、人間に関する知的なトピックスを紹介する番組(MCは織田裕二とNHKの女性アナウンサー)が放映されていた(「ヒューマニエンス」はおそらく「ヒューマン」と「サイエンス」を合体させた言葉か)。人間という不思議な存在をじっくり深く妄想する「探求の旅」シリーズという謳い文句で、「誕生」や「死」、「ウイルス」「脳」「進化」といったテーマを最新研究でさまざまな角度から毎回取り上げていた。その中で現代の最先端の脳科学の成果に基づいて人間の意志をテーマにしたものがあった。HPには、おおよそ以下のように記されている。
「“自由な意志” それは幻想なのか?」/初回放送日:2023年5月4日
最新科学では、人間の自由な意志を脳がつくりだした「幻想」という。 私たちは「意志を持って自由に決断をしている」と信じて疑わない。最新の脳科学は、自由な意志は脳がつくっている錯覚、幻想かもしれないという。無数の電気信号が飛び交う脳の神経細胞の活動は意志が関与する前に勝手に動き出し、それによって後付けのように生まれるのが「意志」だというのだ。では、いったい脳は誰のものなのか。驚きの実験で明らかになる、私という存在の根源を妄想する。
番組では具体的にいくつかの実験が紹介されていた。その一つを簡単に説明する。記憶が曖昧になってしまったが、概ねこんな感じのものだった。
被験者の若い男性に、若い女性の写真を何十枚も見せる。1枚ずつ代わる代わる数秒程度でそれらを提示し、その中でときめいて気に入った女性がいた場合は手元のボタンを押して意思表示させることになっていた。そして実験者側は、一連の過程で脳がどのように変化するかを調べる。気に入った方が現れた時は脳のある部位に必ず変化が見られた。被験者はその時ときめいたのだから、これは当然納得できる現象である。しかし詳しくこの変化を観察すると、何と写真を見せる前にその変化が既に脳にはっきり表れていたのだった。HPの記述にあるとおり、人間の意志とは一体何なんだろうということになる。
異性を気に入るかどうか。これは個人の全く自由な意志と判断で決まるものと思いきや、脳内において予め直前に決まっていたなんて、これは想定をはるかに超えたレベルの事態である。織田さんも(観ている私も)思わず唸ってしまった。
さらに、その意思表示がわずかの時間でいとも容易く消去されて(忘れ去られて)いく実験も紹介されていた。つまり、自由な意志と言われるものがいかに脆いものであるかを証明していたのである。これは説明すると少しややこしくなるので割愛する(どうしても知りたい場合はコメントを入れてください)。
後日別のテレビ番組で、脳科学者でよくメディアに登場する中野信子さんが全く同じことを話していた。脳研究の世界ではこれは通説、常識なのであろうと改めて感じた。
以上の話題は、川柳における選の作業にも通じるものがあるのか。ある時私はふと思った。何百何千という句箋を一枚ずつ読んでいって、入選か没かを素早く判断して振り分ける。一枚に要する時間は誰でも数秒から数十秒の範囲内だろう。そのプロセスにおいて選者の脳はどう変化するのだろうか。「ヒューマニエンス・クエスト」の実験と同じように、これは入選だ、それは特選だと判断する時には、既に句箋を読む前から脳に変化が表れているのだろうか。
一枚一枚を読み始めて、そろそろ入選作が出てくるかなあ、なかなかいい句が現れないなあ、そんなことを思いながら更に進めていく。そして思わず知らず佳句に出遭う。そんな場合でも、自由意志とは関係なく脳は予め変化しているのだろうか。このテレビ放送を観てからは、そんな気もするようなしないような微妙なものを感じ始めたのである。
川柳をやり始めた若い時分、大会の会場で出句する際に自作の句箋を一番最初に句箋トレイに入れることを私は嫌がっていた。それは、選者が選を始めていきなり読んだ最初の作品が特選になるようなことはまず有り得ないのではないか。何枚か読み進めていって特選と判断する作品に出遭うのではないかと考えていたからである。今から振り返ると、つまらぬ戦略を立てていたものである。
出句締切時刻になると選者は何枚もの句箋を束にしてトレイから取り出す。選者によっては適当にシャッフルして選を始める人もいるだろうから、その場合、私の作戦は失敗ということになる。それでもこれが私の癖になっていた。まっ、当時は入選・入賞への色気がたっぷりあった。少しでも有利な状況にしたいという、しみったれた気持ちになっていたのである。
こんなことを書き進めながら思ったのだが、何につけ物事はいきなり起きるということは案外少ないのではないかということである。滅多に起きることではないが、野球では一回表の一番打者が一球目にいきなりホームランを打つようなことがある。これは凄いことである。しかし観覧している立場としては、ある程度打順が進んでからホームランシーンになった方がやはり試合は盛り上がる。
これは川柳についても言えるだろうか。誌上大会などでは投句作品をExcelにまとめて一覧にする。大体は到着順に整理するだろうが、選者が最初の一句目をいきなり特選に選ぶことは確率的に滅多にないだろう。人間の本性として、突然(の判断)をなるべく忌避したがるところがあるのではないか。オードブルがあってのメインディッシュ、予選や準決勝があっての決勝戦、これが物事の展開の面白さなのである。興奮させることには、心理的なアイドリングは欠かせない。
こんなことを書きながら、2021年11月30日に「選の醍醐味について 」という文章を書いたことを思い出した。よかったらそちらも読んでやってください。
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