公的(お役所的)なところでずっと働いていたので、公文書に年月日を記す際には、元号法に基づいて、西暦ではなく年号を使用することがルールだった。両方を併記する場合は、「令和6年(2024年)」というふうに年号を主体にする表記になっていた。40年近くになる現役時代のこの習慣がしっかり身についているので、今でも西暦より和暦(この言葉はIT用語として生まれたのではないか)の年号の方に馴染んでいる。
だから今年はまず令和6年であり、その次に西暦で2024年と思い浮かぶ。そして平成36年と換算する。令和と平成の年数は下一桁が同じ数字なのですぐに思いつく(さすがに平成26年などと間違えることはない。そうなったら私の認知機能は相当ヤバいものとなる)。さらに今年は昭和99年になる。これは、昭和は一応64年まであったが途中で終わったので、63年に平成の36年を注ぎ足せば単純に計算できる。
私の思考回路は、基本的には昭和の年号で時代の移ろいを把握している。そして昭和と西暦との年数計算は、一の位に5の差があることを踏まえて計算している。終戦の昭和20年は1945年。私の生まれた昭和31年は1956年。この5の差を踏まえればすぐに換算できる(0と5、1と6、2と7…)。私の両親は昭和3年生まれなので、それは1928年に当たる。一の位の3に着目すれば8が出てくる。そうすると1918年や1938年も想起されるが、少し考えれば1928年と見当がつく。
大正時代は少しややこしい。大正は15年で終わっているが、これも14年と考える。そして西暦より一の位が1少ない。だから、第一次世界大戦の勃発は1914年であるが、これは大正3年であることが判ってくる。
私の記憶の中では、小学6年生だった昭和43年(1968年)が明治100年だった話題が印象深く残っている。何故かこれがしっかり脳裡に刻まれている。だから、それから50年を経過した昭和93年(平成30年、2018年)が明治150年だったということもすぐ答えられる。ちなみに来年の令和7年(平成37年)は昭和100年に当たる。
さらに、大阪万博が開催された昭和45年も忘れられない。三波春夫が歌ったテーマソング「世界の国からこんにちは」の歌詞の中に「♪1970年のこんにちは…」というフレーズがあって、西暦がしっかり織り込まれているからである。個人的には、大学へ入学した昭和50年(1975年)、就職した昭和55年(年)も切りがいい数字なので、これを起点に使って年数を計算することがよくある。
IT社会になって、年号は西暦に比べて使われ方が劣勢になっていることは否めない。いろいろな集まりなど使われる資料を見ると、西暦表記がスタンダードなものとして格段に増えている。昭和は特別に長かったが、その後の年号は今後30数年程度で切り替わることだろう。人生100年時代、改元を3つぐらいまたいで生涯を終えるケースが当たり前になっていく。自分の生きてきた道を振り返る時、途切れのある年号より西暦の方が馴染むようになるだろうか。
最後に、かつては手帳の付録として、年号と西暦を併記した年齢早見表がよく載っていた。そもそも手帳もあまり流行らなくなってしまったが、西暦表記がさらに主流となっていけば、この早見表も段々消えていくのかもしれない。
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明治以降の年号と西暦の換算について、
我が家では「空しい明治、いい大正、濁った昭和、ややこしい平成」と、語呂合わせで覚えています。
1868年=明治元年(68-1=67→むなしい)
1912年=大正元年(12-1=11→いい)
1926年=昭和元年(26-1=25→にごった)
1989年=平成元年(89-1=88→ややこしい)
夫が考えたものですが、何となくその時代の雰囲気も表していると思いませんか?
ちなみに令和は、あるネットの記事によると、「れいわ=018」と覚えておけばいいそうです。
2019年=令和元年(19-1=18)ですからね。
久美子さん、ありがとうございます。
「令和=018」は上手い!
旦那さんのアイディアにも座布団1枚差し上げてください(笑)。