チャットGPT(生成AI)が話題になっているが、ネット社会がこれによってさらに飛躍を遂げることは間違いない。情報が安直に入手できる。指先でスマホ画面に触れれば、無尽蔵の情報を入手して、それを自分の知識にすることができる。
でも人間の脳の容量は生理学的には簡単に進化しないだろうから、やはり知識を詰め込む頭脳には限界が生じる。
情報を捌ききれず結果的にはつまらぬ知識に振り回されて、ネット社会の中で知ったかぶりとなっている人間が増えてきたような気がする。メディアを眺めていると、何かをコメントする文化人・タレントたちはいくら予習していても、どうしても一夜漬けで知識を詰め込んだような印象を持たれてしまう発言が多い。また学者・研究者の専門家とは違って、文化人・タレントなどのコメントは、無難な発言どころか中身のない空虚なものが多いことに辟易する。とにかく何かを言わなければいけないから発言する。ギャラをもらっているので黙ってスルーする訳にもいかない。そんなレベルの発言をニュースなどで否応なく聞かされる。
こういう光景を眺めていると、一般市民もこれに影響されて知ったかぶりの態度をとるようになってきたようだ。知らないことを知らないとあっさり認めることはなかなかできない。ある程度は知っているようなそぶりを見せないと、時代に乗り遅れた印象を持たれてしまう。時流になかなかついていけない高齢者などは大変である。
もちろん開き直ることも出来るが、情報を遮断して田舎暮らしをする訳にもいかないので、やはりある程度は知ったかぶりの仮面を着けていないといけない。
膨大な情報量に対してどう向き合うか。便利に見えてそれに振り回されている自分がいる。自分の知ったかぶりを改めて認知した上で敢えて知ったかぶりの態度に出ることを自覚するのが自己防衛策の一つになるだろうか。「無知の知」みたいなものである。
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