「希望出生率」とは、国民の希望が叶った場合の出生率のことをさし、別名「国民希望出生率」と言う。これは未婚者などを対象に調査したものから出てくるが、以前1.8人という数字が出て話題となったことがあった。そして日本の人口動態は減少傾向に歯止めがかからない。こういった状況から、現在話題となっている異次元の少子化対策へとつながっていく訳である。
1人の女性が生涯で産む子供の人数を便宜的に算出した合計特殊出生率は、日本の人口を維持するためには2.06~07人が必要のようである。若死にする数を考慮すれば、これくらいが妥当なのであろう。当たり前といえば当たり前の話し、素人でもある程度予想できる数字であろうか。2020年の国勢調査では、合計特殊出生率は1.33だった。
4月27日付けの読売新聞では、国立社会保障・人口問題研究所が公表したデータとして、2070年の日本の推計人口は8700万人(2020年から約3割の減少)、うち65歳以上が占める割合は38.7%であることが報じられている。なかなか想像できない社会になっていることだろう。私はあの世からその様子を眺めるしかないが…。
少子化対策の具体的なことはいろいろとニュースで報じられているが、しきりに使われる「希望出生率」の「希望」がどうも情緒的(若者言葉を使えば「エモい」?)で、少なくとも私には違和感を覚える。国民の希望というより国家の希望、願望という印象の方が大きい。このままいけば国家存亡の危機になるだろうから、少子化対策を大胆に行う。そんなイメージしか思い浮かばない。
希望出生率の調査は、具体的には子供を望む全ての人が希望する人数の子どもを産んだと仮定した場合のことを想定としている。男性でも女性でも、将来的に子供は何人欲しいかと思いを巡らした時、それがそのまま実現するケースというのは多数を占めるのだろうか。諸事情によってそのとおりにならないのが一般的なのではないか。もちろん希望していた人数より多く産んで育てていることもあるだろう。
国の本音は、国家存亡の危機感をあからさまに煽れないから、産めよ殖やせよの国策を穏やかに説こうとしているのではないか。たくさん産んでたくさん育てればその家庭・家族は断然得になる、絶対幸福になれる。それくらいの衝撃的な意識を植え付けるような、異次元を超えた大胆さを見せないと減少傾向への歯止めとはならないだろう。もちろん今は想定していない移民の積極的な受入れなども具体的に検討する必要がある。
Loading...















































