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 我が家には、平日の朝はテレビをつけない習慣がずっとあった。朝食を食べながらニュースを観るようなことはしない。その代わり、朝食の前後に家族が交代しながら新聞をよく読む。
 新聞記事は、前日の日中のことがメインで夜中から明け方にかけて起きた事件や事故のことは載らない。だからサラリーマンの現役時代、車で通勤していたので、カーラジオからそれらの情報を得るようにしていた。昭和天皇の崩御などはまさにそうだった。ラジオの音声から漂う異様な雰囲気にすぐ何のことかが理解できた。
 2001年のアメリカ同時多発テロの時は、日本時間の夜中に起きたその事件の凄さを知ったのは翌日の東京出張のお昼時間の頃だった。用務を終えて、同行した上司が食事しながら、昨夜凄いことがアメリカで起きたんだね、と話しかけてきたからである。
 だから私の情報入手は他人より遅い。周回遅れのランナーみたいなところがある。ニュース程度のことではあまり慌てないので、呑気と言えば呑気なのかもしれない。
 今も朝起きてからテレビをつけることはしていない。午前中はそもそもあまりテレビを観ていない。前夜に予約録画した番組を視聴する程度である。夕方のニュース番組も半分はバラエティーみたいなところがあり、ヤラセっぽくておもしろくないと感じると観ていても切ってしまうことがある。
 どうでもいいようなことを書いてきたが、テレビニュースで同時多発テロの映像を周回遅れで観た時の感想を最後に述べる。あの映像の衝撃は「凄い!」の一語に尽きる。それ以上でもそれ以下でもない。これ以外の感想、形容表現を一切拒むような凄さがあった。悲惨さはを感じるにはタイムラグがあった。そう思った人は私以外にもいるのではないか。突発的な出来事とはそういう側面がある。ただ「凄い! こんなことが起きてしまっていいのか」という第一印象、それから少し経過して喜怒哀楽の感情が遅れて出てくる。いきなり感情が表出されることはない。

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