栃木県内のアマチュア小説家たちの有志が、短編作品を集めた「rera」(発行所:生きがい創造舎 事務局)を昨年創刊した。手にとってページを捲り始めるとこれがなかなか面白く読みごたえがある。
今回同誌の第2号(122ページ)が栃木県文芸家協会(とちぶん)に寄贈された。創刊号と同様にとちぶんの公式ホームページや公式Facebookで紹介させてもらった。短編小説9編、このうち8編がとちぶんの創作部門、随筆部門の会員による作品である。
先日、夜中に起きて眠れなくなってしまい、たまたま枕元に同誌があったので、何気なく読み始めたら、あまりの面白さにすべての作品を読み切ってしまった。気がついたら明け方近くになっていた。
川柳という韻文とは一味違った散文の世界。しかし言葉の運び方に共通点もある。なるほど上手い!と思うフレーズに出合うと、作句の際の参考にしたくなる。
私もいくつか短編小説を書き、このブログでもかつて2作品(「AED」「もう一人の自分」)を載せたが、趣味の本業はあくまでも川柳、小説はやはり副業程度にしかお付き合いが出来ない。実際にキーボードに向き合って小説を書こうとしても、キーを打ちながら何か見えないハードルのようなものを感じてしまうことがある。
今回「rera」を読了して思ったのは、私が見えないハードルといつも感じているものは、要するに私の文章の跳び方に問題があるのではないかということである。文章の中で跳ぶそのぎこちなさを内心いつも感じている。これは起承転結だけでなく、細かな場面の転換にも当てはまる。
何が足りないのだろうかと考えてみると、キーを打つ力強さではないか。読者を意識しながらも自分の言葉を紡ぐ力を信じてストーリーを展開していけば、読者には必ず伝わるものがあるのだろう。そこに私はいつも迷いがあるから、キーがなかなか滑らかなリズムにならない。
川柳では、他人の評価は別にして自分なりの作法で句を詠むことがある程度出来上がっているというのに…。嗚呼、深いため息。小説を書くことにまだ色気は失ってはいない。「rera」を読んでから、もう少し頑張ろうかなという意欲も芽生えた。
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