私の母は70歳過ぎまで手打ちそばを作っていた。2、3か月に1回ぐらいだったか、気が向いた時に打っていたような記憶がある。そばを打つのはいつも日曜日。午後3時ごろからそば粉をお湯で捏ねていき、少し休んでから切り始める。つなぎは使わない。だからきれいに細長く切れない。うどんのような、あるいはそれ以上の太さになるものもあるほどの不揃い。長さも5cmから精々10cm程度。
茹で終わって出来上がると、それからはよく人参や牛蒡の天麩羅をいくつも揚げていた。そばと天麩羅、これを両方とも手作りで料理しようとすると、夕方から作業を始めるのでは遅い。今日はそばにするぞと早いうちから覚悟を決めてかからないと日曜の6時頃の夕飯には間に合わないのである。
正直に言えば、子供心にこんなそばを食べているのは我が家だけではないかと、恥ずかしさも少しあった。しかし母の方は生まれ育った実家でも同じやり方でそばを作っていたので、代々続くその伝統を結婚してからもしっかり受け継いでいるのだから、恥ずかしいとも何とも感じていなかっただろう。栃木の田舎の農家で作るそばはこういうものだと思っていた訳である。父親も、昼間から一生懸命作っている姿を見ているから、出来上がると当然有り難く食べていた。
そば屋に出前で注文して食べる天麩羅そばなどは滅多なことでは味わえない。それは特別な日の料理。家に訪問客が来てお昼を出そうとそば屋へ出前の注文を電話でかける際、私や姉の分の天麩羅そばもその数に入れてくれることはあったが、それは必ずそうしてくれる訳ではない。家計にゆとりがないので食べられない時もしばしばあった。丁寧に細く切られて出汁の利いた本格的な手打ちそばは、偶にありつけるご馳走だったのである。
店屋物に比べると、母の手打ちそばは見劣りする。つゆの味も落ちる。しかし子供の頃からずっとそういう食生活の習慣が続いていて、これが夕食に出されると、日曜の家族が揃った我が家流の食事のスタイルなのだと理解できるようになる。やはり、何時間も一人で作業する母親の姿を見ているので、そばに対する味わいも深くなってくるのである。
母は70歳を過ぎてから手打ちそば作りを卒業した。体力的に限界だったのである。もうあのうどんみたいな手打ちそばが食べられなくなって20年以上になる。懐かしさと淋しさは今でも持続している。
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