コーラの次はグラタンについての思い出である。中学に入ると、スケートが流行っていた。友達と近くの空き地や舗装道路でローラースケートをやったり、宇都宮へわざわざ電車で出掛けて市営のアイススケート場で滑ったりしていた。お昼になると、スケート場内にある食堂で醤油ラーメンをよく食べていた。醤油ラーメンということをはっきり憶えているのは、いろいろあるラーメンのメニューでそれが一番安かった(確か100円以下だった)からである。それ以外の付加価値のある味噌ラーメンやタンメンなどには当時のお小遣いでは手が出なかった。
ある時、偶には場外の食堂でお昼を食べようということになって、仲間と一旦外へ出て、デパートの地下街みたいなところの洒落たお店に入った。メニューを見ても何が何だかさっぱり分からない。スパゲッティーは分かったが、グラタンやドリアは何の料理だか皆目見当がつかない。しかし冒険心で私はマカロニグラタンを注文してしまった。楕円形のお皿に盛られていて白いソースがかかっている。少し焦げているこのドロドロとした感じは一体何なのだ。フォークを持っても、なかなか料理の方まで手の動きが行かない。そもそもかなり熱そうだ。私以外は何か別のものを頼んでいて、喜んで食べている。フォークもスプーンも私だけがなかなか進まない。しかし意を決して口に運んでみる。
うわぁー、チーズの味じゃないか。当時、チーズは石鹸臭くてあまり食べないという人間が結構いた。いや田舎ではそれが多数派だったかもしれない。しかし注文した以上、食べないとお金が勿体ない。お腹も満たせない。なんとか半分程度食べてギブアップ。店を出て何か損したような気持ちになってしまった。その後、高校、大学、社会人となっていろいろな外食の味を覚えて大方のメニューは食べられるようになったが、料理というものはたとえ高級なものだとしても、口に入れた最初はあまり美味く感じないものなのだという観念が染みついてしまったところがある。
さて、ずっと後になって我が娘が中学生になった頃、グラタンを食べたことがないのでファミレスに連れて行ってくれと言われたことがあった。私のグラタン原体験の記憶がまざまざと蘇ってきた。
嫌な予感がした。娘は昭和3年生れの祖母に育てられている。醤油と味噌の味に馴れきって、バターなどはいつも冷蔵庫に常備していたが、チーズはあまり食べたことがない。グラタンを口に入れて大丈夫だろうか、親として不安が過った。そもそも洒落た料理など祖母には作れない。娘が小学校低学年の頃、夏休みの昼食にハンバーグが食べたいと言ったら、祖母は近くのスーパーでメンチカツを買って来た。違うと文句を言ったら、同じ挽き肉の料理なのだからあまり違いはない、これでいいだろうと言い放ったそうである。さすがに娘も呆れて、仕事から帰宅した私に、昼間こういうことがあったとわざわざ報告してきたのである。
さて、休日になりいよいよファミレスに二人で行くことになった。祖母も祖父も誘ったがうまく敬遠された。早速グラタンを注文して熱々のそれが出てくると娘は喜んだ。スプーンで掬って食べ始めると、少しずつテンションが下がり始めた様子が私の目に映り始めた。半分も食べずに、もう要らないとスプーンを置いた。ああやっぱり、と私は思った。期せずして親子が同じような行動をとったのである。
その後、父親としてこれはまずいと反省し、社会勉強させるために世間では当たり前のように外食で食べている料理を娘にも食べさせた。焼き肉屋、とんかつ屋、ファミレスなどで奮発して何でも食べさせた。正直に言えば、それまでの外食は私の好みのラーメン屋が多かったのである。
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