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 栃木県文芸家協会の事務局長を仰せつかって4年近くになる。協会の広報誌「とちぶん会報」の発行(年4回)や、総会・役員会の配付資料作成や開催に係る調整、夏季講演会や懇親会の諸準備(ここ数年はコロナで中止になっているが)、協会公式ホームページやFacebookの管理運用など、1年中やることがある。総合文芸誌「朝明」(年1回の発行)の編集委員長もやっている。
 このほかに自分のFacebookの更新が日々ある。更にこの川柳ブログも書いていて、これは3日に1回のペースの書き込みを維持したいと考えている。毎週火曜日には、読売新聞とちぎ時事川柳の選があり、川柳マガジン(川マガ)の「新鋭川柳」の選句作業も毎月下旬に1回ある。代表を務めている川柳研究会「鬼怒の芽」の柳誌編集・印刷も毎月やっている。さらに文芸の横断的な集まり「読む会」の世話人も引き受けている。外部からの飛び込みの選や原稿執筆の依頼も偶にある。
 自分自身の作品は川柳展望や川柳文学コロキュウムに提出する雑詠がメインであるが、これらの用務や作業の合間に作句している状況である。
 以上、やっていることはほとんどが無償である。年金受給生活者なのだから当たり前と言われればそれまでのことだが、定年退職後、最初はこれらをやりながら違和感も少し感じた。現役の頃なら給料をもらっていたのに、それがほとんどない。パソコンに向き合う作業スタイルは現役時代の延長、全く同じだというのに無報酬とは何ということか。
 でも少しずつ慣れていき、いつの間にか飼い馴らされてきて、今は何の疑問もなく日々パソコンのキーを叩いている。
 一つだけ違うとすれば、無償の労働(奉仕)ということで、パソコン作業は1日1回か2回、大体2時間が限度ということか。それも午前か風呂上がりの夜である。午後はほとんどやらない。やる気も起きない。午前にやってお昼を食べ、午後もその続きをやるためにパソコンを開いて向き合うというようなことは一切やらない。ここが毎月報酬を受け取っていたサラリーマン時代と決定的に違うところである。無償で作業するということ、あるいは報酬がいくらかあっても生活の糧までにはなっていないということは、私の場合どうもこういうスタイルになるのが自然のようなのである。
 川マガの懸賞川柳の選などを依頼されると、4000句以上の応募数があるで大体2回に分けて行っている。決して長い時間をとって句箋(Excelデータ)に向き合って選の格闘をしようとは思わない。他の大きな誌上大会の選句作業も決して1日で終わらない。終わらせようともしない。また栃木県文芸家協会の「とちぶん会報」の原稿作成、印刷、発送業務も1日2時間程度の頃合いを見計らって事を進めている。そして予想外に短時間で物事が進捗したからといって、その次にやらなければならないことを前倒しするようなことも決してしない。したくても我慢する。現役時代なら考えられない作業方法である。
 それと今更ながらカミングアウトすると、私はいわゆる発達障害で言われるところの多動症的な面がある。はっきり言えば、辛抱が足りないというか落ち着きがないというか。パソコンに向き合っていても、2、30分経つとトイレへ行ったり、コーヒーなどの飲み物を作って飲んだりと、その場をすぐに離れたがる。物事を集中してやることは出来るが、どうも他人と比べて持続性、忍耐力がないようなのである。まっ、ぶっちゃけて言うと、現役時代からもともと自分に課された仕事の作業を持続して進めることが出来ない性格だった訳である。
 しかしこの多動症的性格もそれなりにメリットがある。私は生まれてこの方便秘をしたことがないが、実は肩凝りをしたこともないのである。辛抱が足りないから、当然じっとしていられない。そうすると肩など凝る訳がないのである。何かに没頭して肩凝りが起きる人間の気持ちが皆目分からない。強いて言えば、車の運転で長い時間ハンドルを握っていると、項(うなじ)が痛くなってくる。これは休んで首を回せば大体治る。だから相変わらず肩が凝ることはない。
 娘が小さかった頃、休みの日などに「お父さん肩を叩いてやるよ」と言って親切に近づいて来たら、逃げ回っていた記憶がある。娘の親孝行しようとする気持ちを無下にしていたのだが、これは致し方ない。私は子供の頃、父親や母親の肩を喜んで叩いてやった記憶があるというのに…。

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