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 週刊誌などの雑誌にはグラビア写真が付き物で、大方はアイドル歌手やモデル、女優などのお洒落に撮った姿を載せている。当たり前のことだが、これは読者を呼び込むための大事なツールで、出版社は買ってもらうために巻頭から惹きつけようと必死になる訳である。
 私も雑誌はいろいろと手にして読む方なのでグラビアページも一通りは捲ってみるが、以前から思っていたことがある。若い頃は美人女優とかアイドルタレントの綺麗にポーズをとった写真に見入っていたが、次第に年をとってくると興味も失せてくる。自分の娘より若い女性の写真ということもあり、惰性でページを繰っている自分に気がつく。
 ということは言い換えれば、どんな女性がどんな素晴らしいポーズで写っていてもどれも似たり寄ったりに見えてくるのである。つまりこの娘は可愛いとか美しいとか、そういう感覚が萎えてきてどれも一様、みんなうまく化粧して着飾っていい表情を見せているな、という程度の感想しか出てこないのである。何かで人気になったり話題になったりしたアイドルでも、特段どこがいいのか分からない。ヒットした歌や映画・ドラマで一躍有名になった歌手や女優が、いかにもオーラを放ったようなポーズをとって写っているのを見てもあまり感じるものがない。わざとらしささえ感じてしまう。
 街中を歩いている若い女性と少しも変わらなく見えるのだ。そういう意味では、若い女性なら誰でもタレントやアイドルになれるように思えてくる。本人の強い志と努力、それと偶然性によってそういった華やかな存在になれることは確かであるが、そこら辺りに居る一般女性でもそれなりに化粧して着飾れば、誰でも美人に写れる機会は平等に与えられているような気がしてくるのである。
 正直に話せば、40代の頃からいわゆるアイドルと呼ばれる人たちの顔と名前がなかなか一致しなかった。そのアイドルが10代にデビューして30歳くらいになると漸く顔と名前をくっつけることが出来た。テレビコマーシャルなどを観ながら、この人があの名前のアイドルなのだとはっきり分かってくるというくらいのタイムラグがあったという次第である。私の脳味噌はそれくらい老化して世間の話題に追いつけないでいることは大分前から充分自覚していた。
 美人とは何か。誰が見ても、どこから見てももの凄い美人という存在はなかなか見当たらないのかもしれない。よくよく考えると、そういうとんでもない美人は、自分の存在に対してとんでもない美人であることの認識を若い頃からあまり持っておらず、案外そんなことに頓着していないのではないか。美人になるために大した努力も要らなかったのだから、敢えて自分の美しさを殊更意識する必要もないだろう。
 自分はあまり美人ではないから美人になろうと努力する。そうすれば、美人とは何かという概念を客観的に認識することだろう。裏を返せば美に対する己の劣等感を常に意識することとなる。齢を重ねて老境が少しずつ近づいてくると、人間について改めてそんな美意識の発見をするのである。
 まっ、いろいろつまらぬことを書いてきたが、この辺のことはすべて心理学の分野において科学的に解明されているはずだ。

  美人だと言えば美人になる女優   博史

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