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 10月に大阪万博へ娘家族と一緒に行ったが、娘の家へ2泊した。万博からの帰宅後にみんなと夕飯を食べて雑談していると、娘がこんなことを話し始めた。
 夫の実家(関西)へ孫たちを連れて時々帰省する際、義理の母親は、息子(娘の夫)のことをいつも心配しているという。親というものは、我が子が何歳になっても気がかりな存在なのだということを思い知ったという。そして娘の父である私も同じようだと付け加えてくれた。
 黙って聞いていたが、大体どこの家庭でもそんなものだろうと思い、しみじみとそう話されても当たり前のことを言われているという印象であまり気にも止めなかった。
 その後家に帰ってから、急に思い返したことがあった。娘が大学を卒業して栃木に戻って就職し、再び一緒に暮らすようになってからの帰宅時刻のことである。高校生の頃とは違って既に社会人であるので、週末の金曜日などは結構遅い帰宅を繰り返していた。いわゆる午前様も偶にあった。そういう時は、今日は帰りが遅くなる、と朝の出掛けに予め話してくれるのでさほど心配はしていないが、実際に夜も更けてくると気になってくる。そうすると布団の中でうつらうつらしながら、眠っているか起きているかの中間みたいな状態の時間を過ごしている。ぐっすり寝に入ろうとすることはまずない。仮に眠ってしまっていても、娘が帰って来て玄関で物音を立てると必ず目を覚ます(床を抜け出してわざわざお帰りとは言わないが)。朝になって起きても、昨夜は遅かったな、などとはあまり話しかけない。うるさく言うと、構わないでくれと言い返されそうだからなるべく控えるようにする。
 そんな生活をしていて、ある時、自分の若い頃を思い出したのである。今更ながら白状すれば午前様や朝帰りはしょっちゅうだった。それも前もって母親に話していない時もあった。携帯電話など普及していなかった時代である。息子の帰りが遅くても母も父もただ待つだけである。心配しても連絡の取り様がない。深夜にこっそり帰ってきて、風呂も入らず寝床に入ってしまうことも度々あった。朝起きて母親に、昨夜帰ったのは何時だった?などと訊かれる。不愛想に何時頃だったと答える。そんなことを繰り返していたのである。今更振り返ってみると、全くとんでもないバカ息子だった。少し不安になりながら熟睡していなかったのは確かだろう。ただ、それで大きな喧嘩になったことはあまりなかったのではないか。素行の悪さを心配しながらも諦めていたのかもしれない。ここらあたりのことは、2024年10月22日の「擂り胡麻と胡麻擂りの家 」」も読んで欲しい。
 まだ小さいが、私の孫二人も将来大きくなって思春期を過ぎて大人に近づけば帰宅時間はきっと遅くなるだろう。その時娘は親として一々注意したり、厳しく門限を設けようとするだろうか。多分そうはしないのではないかと思う。私の親は私にそういう態度を示さなかった。私も娘に対して同じやり方だった。そして娘も(多分その夫も)、親として我が子へ同じように接するのではないか。そういったことも親から子へ孫へと受け継がれていくものなのかもしれないと思っている。

 

 

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