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8月27日朝6時のNHKニュースにびっくりしました。福島県伊達崎小学校で・・。

伊達崎小学校はダンザキショウガッコウと読みます。当時は国民学校でした。青い目の人形が見つかったらしいのです。私にとっては原風景のところです。

戦時中ゆえ敵国の人形として捨てられかけたようですが終戦までは同校の奉安室に飾られていました。奉安室というか霊安室というところでしょう。国民学校一年生の時その部屋に我が家の仏壇の部屋に飾られていたのと同じ写真がありました。。祖母に聞くとそれは「お前キイ子の本当のお父さんだよ、戦死した人だよ」とそのころは戦死者は伊達崎村で葬儀をやってくれたようです。それも今朝にニュースNHK福島発で知りました。現在は桑折町になっていますが。道理で実父(安彦儀一)の葬儀は立派でした。野辺送りは写真3枚になってました。喪主母イチに抱かれていたのが私のようです。石塔を書いてくれたのも伊達崎小学校の当時の教頭先生だそうで松浦清と書いてあります。

実家の義弟に聞くと「青い目の人形」はあちこちに配られていたようですが、たまたま伊達崎小学校に捨てられずに残っていたようです。現在の小学生と並んだ人形が写されていました。からたしかのようです。75年たってようやく当時のことが語られてきたのですね。

海軍に養父陸軍には実父    紀伊子

父の顔知らず40で遺書に遭う  同

アルバムに嗚呼大日本陸海軍   同

父の背も霞ヶ浦も動かない(義父)  同

今日は川柳マガジン9月号が届きました。「悲しい」の懸賞川柳を一番に見ました。考えさせられる選でした。次回「秋」ですね。俳句がたくさな詰まるかも。楽しみです。

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青い目の人形 母校で見つかる びっくり”にコメントをどうぞ

  1. 佐藤 千四 on 2020年8月28日 at 12:03 PM :

    毎日お暑うございます。お元気してますか。
    アメリカで日系移民の排斥運動が起こって日米関係が悪化していた頃のお話。1927年(昭和2年)、宣教師シドニー・L・ギューリック氏が、日米の友情と平和のシンボルにしようと「青い目の人形」の寄贈を計画。賛同するボーイスカウトなど民間の270万人が人形を購入し手紙などを添えて日本の小学校や幼稚園に計1万2739体を届けました。日本では、受け取った小学校の児童ら250万人から1銭(現在の100円ぐらいかな)ずつ集めて80センチの日本人形58体を返戻として贈りました。国内では戦時中敵国の象徴として多くは処分されましたが、福島県内で現存するのは18体だけだとか。 (読売新聞より)
    その一体が先生の母校に残っていたのですね。名前はベテイちゃんです。先生の母校では世界平和と信頼関係の大切さをベテイちゃんと一緒に勉強しています。

         ジャックアンドベティ太郎花子のお友達

  2. 太田 紀伊子 on 2020年8月29日 at 6:50 AM :

    佐藤千四さま

    おはようございます。さすがに詳しいことはありがとうご逢いました。ベテイちゃんとは母から聞いたことがあります。
    母は伊達崎小学校の畳の部屋で村の若い女性に裁縫を教えていました。私の着物はその時の教え子さんジャックアンドベティ太郎花子のお友達

      ジャックアンドベティ太郎花子のお友達
    中学生になって英語が出てきたら、ジャックアンドベテイだけh母がすんなり発音したので不思議に思いました。お人形のおかげだったのですね。
    福島放送局の取材の通りでしたか? 千四さんも小学生でしたよね。ありがとうございました。伊達崎も桑折も 読みにくい日本語ですね。でも私には伊達崎の方が言いやすいです。

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