みんなしてなんにも言わぬ無関心
囀ることでは引けを取らない群がっている雀たち。いや無口、そんなはずはないとつぶさに覗いてみると、何のことはないみんなそのことについては全くの無関心なのだ。やっぱり囀って欲しい。だって雀だもん・・・・・・。
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血液型どうあろうとも私の子
性格がどうの、顔が似てないなどこの種のうわさが拡がると始末が悪い。尾ひれがついて、めぐりめぐって留まることを知らない。やがてご当人様の耳にも届く。余りにもう煩いので、確証を得ようということに相成り候。
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思春期は漢字で書くと可愛いね
思春期のいざこざは親も子もしっかりと踏まえて生きて来た。いま振り返っても、決して甘酸っぱい思い出ばかりではない。それでも、ふとその漢字に出合うと「春を想う時期」なんて体験とは似つかない。もう過去のことだから冷静に思い出せる。
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円満と言う不毛から我を呼ぶ
この句のバックボーンは川柳が生まれる土壌は凸凹が良いという、過っての教えに基づいている。だから円満な状況にどっぷりと浸かっていたのでは、何も生まれないという逆説的な結論である。そこを何とかしてくださいと、類は類を呼ぶのか、貧乏神の私を呼んでいる。
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米寿越え死語を楽しむ同期会
米寿を越えてなお、同期会を楽しめるなんて凄いことです。滅多にお目にかかることもない。もちろんだが、現世の外れでもたもたしているに過ぎないから、持ち出す言葉も半世紀前の死語ばかり。それがまた楽しいのなんの、堪らんのです。
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八十八歳まだまだやれるゴミ拾い
「ゴミ拾い」は誰でも簡単に参加できるボランティアとして全国で注目されている行為である。八十八歳いわゆる米寿になってもゴミ拾いならできると、立派な健康体を気取っている後期高齢者ではあるがゴミは暗喩である。皆さんが普段「手を汚したくない処方が溜まっていたらお手伝いしましょう」という。
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くせ球を投げる特技で嫁に行く
昔話で恐縮だが。ときどき変化球どころか、魔球で両親を惑わせながら、ある日突然ストレートで胸元を抉り、さっさと嫁に行った娘。まあ、あのくせ球があればピンチも何とか凌げるだろうなと送り出した。いまはコントロールだけで持続しているらしい。
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嫁に向かぬと言われ恋は窮屈
「恋は窮屈」言い得て妙と言うのも変ではあるが恋は真剣になればなるほど「結婚」という重く強かな言葉が黒雲のように急速に広がってくる。その最後の砦が登れないと知りつつ登頂を目指すことが如何に虚しいものか、経験者のみが理解できる心境かも。
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