大宮市の佐知川川柳は、旧台北第三中学校の同級生、渡辺史郎が創設者。彼におだてられ台湾川柳会に入会。故李珵璋さんと親交を得て、川柳銀の笛吟社主幹長谷川酔月さんと李珵璋さんご夫妻と懇談した思い出は忘れられない。
上記の文書は秋田市在住の上田良一先生の、「近くて近い台湾と日本 日台交流川柳句集」の百字エッセイです。
上田先生は大正15年の湾生(戦前台湾で生まれた日本人)。育ちは今や台湾一の観光地になっている九份です。父親が炭鉱の仕事をされたのが所以。終戦後は秋田市で公務員を定年まで務めました。
台湾川柳会には1995年から入会し、1997年、2005年、2008年に来会しております。特に2008年長谷川主宰と村田倫也先生と、「三匹のオッサン」が台湾最南端のガランビ岬から、一路台北までの珍道中が、ハプニングが多くて一番印象深かったようです。
最後にお会いしたのは2014年富山大会の後、瑞寶双光章を受章されたことで、拝見させてください、とお願に行ったときです。
台湾川柳会で叙勲された会員は上田先生が初めてですよ、と話すと大層ニコニコされていました。
上田良一先生 2016/10/18永眠 合掌
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そうでしたか。
上田良一さん、お亡くなりなりましたか。残念です。
2005年、台湾にご一緒しました。
謹んでご冥福をお祈りします。
江畑先生
コメントありがとうございます
2005年の東葛川柳会との合同句会はにぎやかでしたね
二代目会長の李琢玉先生きっと喜んでたと思います
初心者の頃交流させていただきました。
初心者の多い夜の句会に、雨の日も雪の日も参加されてたことが記憶に残ります。
しなやかに愛あたためる老いの知恵 良一
ご冥福をお祈りいたします。
与生さん コメントありがとうございます
以前、吟の笛誌で上田さんが戦前台湾での父親との思い出を投稿しております。
戦前台湾の状況を知る大切な資料です。とても穏やかなお爺ちゃんでした。
上田良一さんのご冥福をお祈りします。
2005年東葛の台湾吟行会へご一緒しました。
気さくな方でお話も面白いので、少し先輩位のつもりでいましたら、
大戦中に台湾で召集されたと さらっと言われたので、
驚いて聞き返すと、私より一回り上の寅年でした。
年齢差を感じさせない、親しみやすい方でした。
その後、掛け違ってお会いしていませんでしたが、残念です。
先輩へ葬送ラッパ似会わない 由宇呆
幽浮さん
コメントありがとうございます
上田さん台湾で招集された話
知りませんでした
謹んでご冥福お祈り入だします