亡き母は布団干しがまめだった。農家の出なのでお天道様の有り難味を知り尽くしていたのだろう。私は無精者の典型なので、例えば大学時代、東京の下宿生活の中で布団を干した経験などはほとんどない。下宿先を何度か替え、南向きの部屋で暮らしたこともあった。干せば布団もふかふかになるというのにそれをやろうとはしなかった。いわゆる煎餅布団になろうがあまり頓着していなかった。
それから齢を重ねるだけ重ねて立派な(?)高齢者となり、3年前から一人暮らしになっても、自分一人分の布団を干したことは数えるほどである。それで何とも感じていない。
先月の上旬である。数日天気のはっきりしない日が続いた。ようやく晴れ間も見えるようになって、明日は洗濯したついでに布団でも干してみるかと俄かに思い立った。本当に久し振りである。記憶を戻すと、今夏は一日も布団は干さなかった。春はどうか。正確には憶えていないがあまりやっていないだろう。
夜になって改めてスマホの天気予報を覗くと、明日は晴れ時々曇りになっている。これなら布団干しは多分大丈夫だろうと思い込んで寝床に入った。翌朝、洗濯物を干してから布団専用の竿を持ち出して来て、掛布団と敷布団を両方掛けてみた。これで段取りはOK。
ところがその後なかなか晴れてくれない。折角干したのに太陽はほとんど雲に隠れていた。うーん、仕方がない。その翌日も同じ予報だったのでリターンマッチ。しかし、またもほとんど晴れてくれない。こんなことでは天日干しでダニも死んでくれない。一つもふかふかになってくれない。
しかし今回の私はしぶとかった。三日目の予報は快晴マークだった。これなら間違いない。三度目の正直でようやく布団干しは成功した。その日は秋が深まりゆく中で、縁側で日向ぼっこしてもいいような陽気だった。
そしてふと思った。布団干しは秋の季語にしてもいいのではないか。既にそうなっているかもしれないが、私の頭の中にある自分だけの歳時記では、そのように扱いたいと思いついた。天高く青空がどこまでも広がる中、真っ白なシーツが無表情にお天道様へ向き合っている。今夜寝る人のためにふかふかになろうと健気にじっとしているのである。これから真冬に向かえば、栃木の寒さでは布団を干してもふかふかにはあまりならない。秋だからこその布団干しである。
ここまで書いてきて、母の真冬の布団干しは窓越しの縁側に干していたことを思い出した。思い返せば、母の布団干しは執念のようだった。真夏でも干していた(家族は呆れていたが)。
下の写真は、拙宅の濡れ縁のところにある布団の干し場である。干した布団を取り込む際、久し振りに布団から日向の匂いを感じた(他人には分からぬナルシシズム的な感触である)。
小半日布団を干して恙無し 博史

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