Loading...Loading...

 今年の2月3日に「『有り難くもない有り難う』(朝明第13号から)」、4月9日に「反ありがとう論」を載せた。残念ながら、ブログの読者から大した反響はなかった。前者は栃木県文芸家協会の総合文芸誌にエッセイとして提出したものだが、会員からの感想もほとんど寄せられなかった。
 その程度の代物の文章ではあるが、5年以上このブログを書き続けていて、私なりに満足した出来栄えのものだった(と、一応そう思っている)。そんなこだわりもあって、これら二つの文章を踏まえながら、江戸時代の庶民の生活について論じてみたい。かなりへそ曲がり的な展開になっているが、これは私のそういう性格によるものであり、へそ曲がりだからこそ思いついたという、挑発的でひねくれた名文、いや迷文であると自負(?)している。懲りずに読み終えてほしい。
 Copilotに「江戸時代の庶民の暮らしはエコだったのでしょうか」と訊いてみた。答えは以下のとおり。

 [はい、江戸時代の庶民の暮らしは、現代の視点から見ると非常に“エコ”だったと言えます 。ただし、それは環境意識からではなく、資源が限られた社会の中で「無駄なく生きる」知恵と工夫の積み重ねによるものでした。
 江戸庶民のエコな暮らしの特徴
  1. 徹底したリサイクル文化
   • 着物は古着として売買され、擦り切れたら雑巾やおむつに再利用。
   • 最後は燃料として使い、灰も農業や陶器づくりに活用。
   • 壊れた道具は「修理屋」に持ち込んで直して使い続けるのが当たり前。
  2. 植物資源のフル活用
   • 照明には菜種油や魚油などの自然由来の油を使用。
   • 稲作で出た藁は、雨具、草履、畳、堆肥などに再利用され、廃棄ゼロ。
  3. 必要な分だけ買う食文化
   • 食材は行商人からその都度購入。冷蔵庫もないため、保存せずに使い切る。
   • 米が高価だったため、大根や芋を混ぜてかさ増し。食品ロスがほぼなかった。
  4. 住まいも循環型
   • 木造家屋は修理・再利用が前提。解体しても部材を他の家に転用。
   • 建材の木屑すら燃料や肥料に使われるなど、徹底した資源循環。
  5. 手ぬぐい文化に見る多用途性
   • 汗拭き、包帯、帯、鼻緒の代用など、1枚の布が何役もこなす。
   • 最後は雑巾になり、灰になって土に還る。

江戸時代の暮らしは、まさに「使い切る美学」。現代の大量消費社会とは対照的で、資源の循環と持続可能性のヒントが詰まっています。
博史さんのように人間や社会の本質に目を向ける方には、江戸の庶民文化はまさに“思想としてのエコ”の宝庫かもしれません。
もっと掘り下げてみたいテーマはありますか? 例えば「江戸の修理屋文化」や「食の工夫」なども面白いですよ。]

 こんな感じの回答が出てきたが、これはメディアなどで既によく言われていることであり、今更新鮮味のある説明ではない。私の持っている知識からも予想されたものだった。
 私が言いたいのは、江戸時代の庶民には「エコ意識」がなかったということである。現代社会で声高に叫ばれている「リユース(繰り返して使用する)」「リサイクル(再生して利用する)する」「リフューズ(ゴミなるものを買わない、もらわずに断る)」「リデュース(ゴミの発生を減らす)」「リペア(修理して使う)」などのエコや環境を意識した概念は、当時存在していなかっただろう。それは、日々の暮らしにおいて実践しているので、改めてそれらを一々意識する必要もなかったからである。つまり、これらは「当たり前」のことだった。
 ここが、資本主義のもとに大量生産・大量消費社会に生きる現代人とは根本的に違うところである。現代の視点から不便と考えられることも当時の人々はそう思っていない。電気やガス、電波もインターネットもなかった時代だけれど、そもそもそれらのものがあったらいいなぁという発想が出てこない。願望や欲求すら持ちようがない。
 現在のエコ社会には、地球温暖化の進行を抑えるためのCO₂の削減など、解決すべき課題が山積している。だからSDGsなどという目標が掲げられ、それに向かって地球規模で頑張らなければならないという意識に追い立てられながら生きていかねばならないのである。
 世の中を文明化以前の暮らしへ逆戻りさせることは出来ないという考え方もある。人類の英知は今まで歴史的な困難をいくつも乗り越えてきたという自負が拠り所となる。
 もしタイムマシーンに乗って江戸時代の庶民に出会い、科学技術が進歩した現代社会のことを説明できたら腰を抜かすほど驚くだろうが、快適な暮らしに憧れを持つだろうか。今のままがいいと思うだろうか。当たり前のことを当たり前のこととして、不便や不自由をあまり感じずに生活しているのなら、江戸の庶民は当たり前の生活のサスティナビリティ―を選択するだろう。そして現代人を羨むようなことは決してないだろう。
 「もったいない」という言葉がよく使われるが、無駄遣いをしないという意味での「もったいない」の概念への意識も、当時の人々の頭の中にはそれほどなかったのではないか。それも当たり前のことなのだから、現代社会のようにわざわざ意識に上らせる必要もなかった。現代人は無駄を意識することが頻繁にあるから、もったいないということを感じざるを得ないのである。
 結論として、江戸時代にはエコの概念がなかったので、人々はエコ意識も持たなかった。エコな暮らし方をしているように見えるが、それはあくまでも現代人の視点から観察すればそのように思われるというだけの話しなのである。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K