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 私は庭仕事(草むしり・庭木の剪定)が苦手である。老母が亡くなって3年近くなるが、雑草は伸び放題である。両手で持って使う大きな剪定バサミで今夏も何度か草刈りしたが、雑なやり方の所為か、さっぱりとした景色にはならない。老母が鎌で丁寧に草むしりしていた頃の庭に比べると、どうしても密林のように見えてくる。庭木の方は、シルバー人材センターに剪定を依頼するとそれなりに小ぎれいになる。松や梅の木などが床屋へ行ったような感じになるのである。
 老母が元気な頃はジャガイモや長ネギ、冬菜などを育てて食べていた。その他に草花では、福寿草、チューリップ、スイセン、ヒヤシンス、芝桜、スカシユリ、百日草などが毎年自然と芽を出して咲いていた。
 手入れをせず雑草が伸び放題になると、それらの花々が少しずつ咲かなくなってきた。今年はスイセンとチューリップの咲き具合が少なかった。スカシユリは全く咲かなかった。3年目にして、我が家の庭は雑草たちに占領されて、可憐な草花たちは駆逐されてしまったようである。すべては不精な暮らしをしている私の責任である。
 そんな有り様であるが、8月の中旬、キツネノカミソリが今までと同じように何本も咲いてくれているのに気がついた。エノコログサ(猫じゃらし)が生い茂った中から、ぬうーっと出てきてピンク色の笑顔をしばらく見せてくれていた。
 ある日、近くの川堤をサイクリングしていると雑草の茂みの中に我が家と同じキツネノカミソリが咲いているのを発見した。この花は、意外とタフに生きるのかもしれぬと思った。下の写真は、少し枯れ始めた我が家のキツネノカミソリであるが、雑草に追われながらも、金網フェンスにしがみつくように咲いていたのが何とも愛くるしい。

 さらに次の写真にある百日草は、雑草から逃げるようにして、今年は玄関先(手前)に咲いている。以前の半分以下に減ってしまった。来年はどうなることやら…。

 こんな庭先の光景を眺めながら、「悪貨は良貨を駆逐する」のグレシャムの法則を思い出した。雑草が悪貨に喩えられるのは、雑草としては心外かもしれないが…。

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