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 小学校高学年の頃、担任の先生が何か事が起きて生徒を注意する際に「豆腐の角(かど)に頭をぶつけて死んでしまえ」と、冗談めかしてよく言っていた。何度指導しても駄目な生徒に対して呆れ返ってしまった場合によく発するのがこれの台詞だった。さすがに面前で馬鹿野郎などとストレートなものの言い方はできないので、このようなちょっぴりユーモアが含まれたフレーズを持ち出してきたのだと思っている。最近になってネットで調べると、この言い回しの由来は落語から来ていることが判った。
 今の学校教育においては、何につけ子供に寄り添うことが一番大切な態度であり、過激な言葉を発して一方的にやり込めたり、突き放したりするようなやり方が禁止されている。これは勿論正しい指導方法ではあるが、私には少し引っ掛かることも感じている。引っ掛かった時にこのフレーズの記憶が妙に呼び戻されるのである。
 教師にしてみれば、何度注意しても懲りない生徒に対して寄り添い続けることは面倒くさいことでもある。相手の目線の高さに合わせて辛抱強く寄り添うばかりでは自分のストレスも溜まるばかりとなる。自分の心にも何か捌け口が欲しいだろう。観音様ではあるまいし、偶には不機嫌にもなりたい。そうすることで少しは自分のメンタルのバランスを取り戻せる訳である。
 「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」という諺があるが、こんなやり方は今では全く通用しない。30年近く前、私の子供がまだ小さかった頃、この諺の意味を教えてやったら「そんな親は要らない!」とあっさり否定されてしまった。スパルタ教育などという言葉は、家庭の中でももう死語になっている。
 豆腐の角の方は、今の若者の言動を眺めているとそう言いたくなる場合が実に多い。もう面倒は見切れないと思ってしまう場面である。でもそれはやっていけないことになっている。実に優しい世の中である。何につけハラスメントではないかとの指摘の影に怯えながら辛抱強く指導しなければならない。軍国主義的な教育は当然の如く否定されている。しかし、豆腐の角に頭がぶつかったくらいで死んでしまいそうな若者が増え続けていることも確かなのではないか。そう薄々感じている人は意外と多いだろうと思う。退職代行サービスなどのニュースを眺めていて、ふと豆腐の角を思い起こしてしまうのである。
 山本五十六の名言「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」も、これが通用しないと判った人間には、早々に愛想を尽かしていたのではないか、そう私は推測しているのである。

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