昭和の高度経済成長期の頃、何種類もの百科事典が大手出版社から販売されていた。何10巻というボリュームが木製本箱に収められ、それが各家庭の応接間などに鎮座していた。今から振り返ると、一体どれほど活用されていたのだろうかと些か疑問に思う。インテリアの一つだった家庭が多かったかもしれない。当時はそうことに見栄を張る時代でもあったのである。
我が家にも一応は応接間があって、ちょっとしたソファーとテーブルが置いてあった。私の父親は教育熱心なところがあったので、小学校の高学年になると子供向けの百科事典を私のために買ってくれた。全10巻程度の巻数で専用のスチール本立てが付いていた。国語辞書のように五十音順の解説だった。それが応接間の書棚にでーんと置かれた。
私自身はそんなものにあまり興味は湧かなかった。勉強熱心だった訳ではないので、多分難しく感じたのだろう。威圧感もあった。でも偶に手に取ってページを捲ることもあった。それはカラー写真などがふんだんに載っていたからである。
言葉が解説されている本文を読むのは面倒くさいが、写真や絵を眺めるだけなら案外おもしろい。歴史上の人物などの肖像画を見て、こんな顔だったのかと理解する。暇な時間があると、ソファーに座っておやつをぼりぼり食べながら、適当に選んだ巻を捲り始める。そんな一人の時間を持つようになった。百科事典を使って真面目に勉強した訳ではない。ページを捲っただけである。私の目線の先が、丁寧に説明された文章を追うようなことはあまりなかったと記憶している。
振り返って思うに、我が家の百科事典は子供向けのものでよかったと今更ながら納得している。大人向けの大部なものだと、とても小中生が手にしてページを捲る気がしなかっただろう。活字も小さくて難しい言い回しの説明ばかりである。子供は文字より写真や絵の方に興味がいく。ビジュアルだから私は手にした。私なりのやり方で結構愛用したので、手垢もしっかり付いたのではないか。父親が買ってくれた分はしっかり元を取っただろう。
その百科事典も高校に入学して、近くに住む親戚の従弟へ譲ってしまった。その従弟がどのくらい再利用してくれたかは不明である。
それから数十年後、リサイクルショップでこの百科事典が売られているのを目にした。無性に懐かしくなって、思わず手に取ってページを捲り始めた。どんどん記憶が甦ってくる。そうだこんな項目があった、あんな写真が載っていた。もう小中時代に戻った感覚になる。
値段を見ると1冊100円、全部で1,000円ぐらいである。おそらくこんなものを買う物好きな人間などなかなかいないのではないか。内容もかなり古くなって時代遅れである。平成・令和の小学生にはもう役に立たないだろう。まさに骨董的な価値がちょっぴり残っている程度である。
そもそも今やインターネットどころか生成AIの時代である。ものを調べるのに百科事典などは使わない。隔世の感である。家庭の応接間に百科事典が鎮座していたことなど、Z世代以降の子供にはもはや想像できないことだろう。
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