3月30日付けの読売新聞東京本社版31ページに、動物のうんちに科学の目を向けた展覧会「うんち展-No UNCHI,No LIFE-」(読売新聞社などの主催)が東京ドームシティ・ギャラリーアーモで開かれているという記事が載っていた。うんちは土壌を豊かにし、命のゆりかごになって循環する自然の中で重要な役割を担っているという。紙面では、ツキノワグマのうんちが食べ物によって色も形も変わることが写真で入りで具体的に解説されていた。「十糞十色」というユニークな造語も見出しに使われていた。よく見ると、この言葉には[じゅっふんといろ]とルビが振られている。十人十色[じゅうにんといろ]をもじったのものなのだろう。
ここでふと思った。「十糞」のルビは厳密に言えば「じっふん」なのではないか。新聞やテレビなどのオールドメディアは言葉遣いについては実に保守的である。2021年11月18日に「『ら抜き言葉」における愛憎について」を論じたが、元来の表記(文語表現)に由来する「じっふん」と表記すべきじゃないの?と嫌味っぽくツッコミたくなったのである。
「十」のそもそも読みは「じふ」である。発音は「じう」が正しい。これは古語辞典を引っ張り出して調べればすぐ判る。しかし「じう」と「じゅう」の発音の使い分けがなくなって「じう」は廃れてしまい、今の世の中では「じゅう」が大勢を占めるようになった。だから促音の「じっ」も「じゅっ」と発音するようになったのである。読売の記事の[じゅっふんといろ]のルビは、これを踏まえたものであろうか。
古い世代は「10%」「10歳」などの「10+助数詞」の単語で、相変わらず「じっパーセント」「じっさい」と、「じふ」「じう」に基づく正統派の発音をする。しかし平成15年の文化庁の社会調査では、この類の言葉では既に「じっ」ではなく「じゅっ」と発音する割合が約75%もあったという。
世の中はもうほとんど「じゅっ」に吞み込まれて「じっ」は絶滅危惧種に近づいていると言えるだろうか。この趨勢を踏まえて、平成22年の常用漢字表の改定ではこの発音が補足として認められ、国語辞典にも掲載されるようになってきた。また小学校の国語教科書にも括弧書きで載せるものも登場したという。
よくよく考えてみると、平成15年の頃に「じゅっ」の読み方が75%なら、令和の時代はおそらく80~90%、いやそれ以上の人がそのように発音しているのではないか。正統派(?)の「じっ」と補足説明や括弧書き(異端?)の「じゅっ」との力関係は本末転倒に近づいている。「『ら抜き言葉」における愛憎について」のところでも論じたが、デジタル情報化の急速な進展によって起きている日本語の変化と将来に向けた予測について、オールドメディアのみならずアカデミックな調査分析も追いついていない。虫眼鏡で言葉を拾い上げるような研究スタイルがまだ抜けていないのではないか。「10時10分」は「じゅうじじゅっぷん」なのか「じゅうじじっぷん」なのか、改めて調べる必要を感じる。
言葉は易きに流れて変転していく。語彙が増えて辞書の厚みがどんどん増えていく一方で使い方は簡便で分かり易い方へと向かっていく。文法も然り。「ら抜き言葉」はその典型である。AIが跋扈するような未来社会ではさらに顕著となるだろう。理屈っぽい石頭は嗤われるだけである。まっ、私も相当理屈っぽい人間ではあるが(笑)。
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