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 飲酒を少しでも強要すればアルハラ(アルコールハラスメント)になるご時世である。職場の忘年会などで女性にお酌をするように頼めば、即セクハラと判定される。女性に注がれると一味違うなどと、たとえ誉め言葉として使ってもアウトとなる。これらのことに慨嘆して面倒くさい世の中になったものだと愚痴れば、時流に乗れ切れなくなった落伍者の烙印を押されてしまうだろう。
 酒の飲み方でもいよいよ個人主義の時代になってきている。実を申せば、私自身は昔から居酒屋などで一人飲みすることを厭わない方だった。手酌で飲むことにさほど躊躇いはなかった。もちろん気心の知れた飲み仲間と酌み交わすことも好きである。
 一人飲みする場合、店内にあるテレビで大相撲中継などが観戦できれば、それだけで充分楽しく過ごせる。何かの雑誌や冊子などを手元に置いて、ページを捲りながら飲むのも悪くない。店員や隣席の人に、何かちょっとした話題を持ちかけて会話することは些かの気遣いが必要になってくるので、どちらかというと私個人は面倒くさく感じる方である。
 一人では飲み屋に絶対入らないという御仁もいるが、一度経験して慣れてくると案外平気になるものである。最近の居酒屋チェーンなどは、そういう客層向けに配慮したカウンター席を設けているところが多い。これは有り難いことである。
 そんな飲み方の経験を数えきれないほど積んできたが、20年近く前に、隣り同士となった一人の客との会話が今でも印象に残っている。東京出張の帰り、そのまま栃木へ戻るには時間が余って勿体ないと(これは酒飲みのいじましい口実であるが)、一人で偶に行っている都内のある居酒屋の暖簾を潜った。ビールとつまみを注文して少しずつグラスを傾けていると、70代後半と思われる隣りの男性客が話しかけてきた。ちょっと鬱陶しいなぁと感じたが、それほど酔いが回っている訳でもなさそうである。いや酒を飲んでいるのにほとんど酔っていなくて冷ややかな感じもする。グラスを持ちながら耳を傾けてみると、こんなことを話し始めた。
 東北出身で中学卒業後に集団就職で上京した。建設関係の仕事を転々としながら東京に生活し続けていた。女性には縁がなく独身のまま60歳の定年を迎えた。その後はアルバイトしながらの年金暮らしとなったが、望郷の念が少しずつ募ってきて生まれ育った福島の実家に帰ることにした。実家は実兄が後を継いでいた。そこの一室を間借しするようなやり方で同居し始めたが、数年で義理の姉さんと上手くいかなくなった。それで仕方なく再び東京へ戻ることにした。若い時分から高尾山によく行っていたので、八王子方面のアパートを借りようと不動産屋で物件探しを始めた。ところが年齢の壁にぶち当たった。当時は孤独死という言葉が定着し始めた頃だった。家主がそういう事態になることを嫌がって部屋をなかなか貸さなくなったのである。結局住む所が見つからず、とりあえずまた故郷へ戻ることになったという。今後どうするか、どうなるかは分からないと淡々と語って話しは終わった。
 当時の私はまだ40代だった。孤独死の話題などにはあまり関心がなかった。自分にはまだ関係のない世界の出来事と受け止めていた。でもいろいろと話しを聞くうちに、高齢者というだけでアパートに単身ではなかなか入居できない世の中になったことを知り、その男性には深く同情したものだった。相手は愚痴を聞いてくれる人がいただけでも嬉しかったのかもしれない。私は聞き役以外は何もお役に立てることがなく、一方的な会話でその場は終わってしまった。その後どうなったのだろう、と振り返って思うこともあった。
 そして他人事と思っていたことが私にも降りかかるような年齢が近づいてきた。私は家族に突如死なれていきなり放り出されるようになった独居老人ではない。一人娘が嫁いで一人暮らしになるだろうことを予期しながら暮らしていたので、3年前から実際にそうなっても今更慌てるようなことはあまりなかった。大体が想定していたとおりの生活を送りながら現在に至っている。そういう意味では一人暮らしの既にベテランの部類に入っているのかもしれない。今更淋しい、侘しいなどと一々言ってはいられない。だから一日三食はなるべく自炊し、家事を厭わないように心がけている(部屋掃除と草むしりは苦手だが(笑))。だから一人暮らしがさほど苦にならずに何とか済んでいると思っている。
 一人で居酒屋で飲んでいると、後々のための社会勉強になることも偶にはあるのだと、この歳になって改めて実感した次第である。

  孤独死の多分孤独を超えた顔   博史

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