小学生の頃、体育の授業にポートボールという球技があった。今でも行われているのかどうか知らないが、バスケットボールみたいなルールで競うものである。
体育館などという施設がなかった時代なので、校庭に白線を引いて高さ数10cmの台を二つ置けば試合が始まれる。そこに載った一人が味方からシュートされたボールをうまく受け取れば得点となるルールである。これにまつわる6年生の頃の思い出を書いてみたい。
ある時、クラス対抗でポートボール大会をやることになった。6学年は4クラスあった。1チーム10数名のメンバーなので、男女別に2チーム、合計4チームを1クラスで編成することができる。大会は男女別のトーナメントで行うことになっていた。
どういうチーム編成にするかは各クラスの考え方で決めていいということだった。運動能力があって球技に強い生徒を中心に選抜して1チームを編成し、残りでもう1チームを作るというやり方を取れば前者が優勝する可能性がある。しかしそれでは選抜されない生徒が集まった弱小チームが可哀そうだという意見も出てくる。私がいた6年3組でもどちらにするかの話し合いの場が設けられた。しかし意見はなかなかまとまらなかった。
担任の女性教諭は当初その話し合いを黙って眺めていたが、優勝を目指すなら強いチームを作った方がよいのではないか、と助言したことで空気が変わった。スポーツ万能で球技も得意なA君がどうしても優勝したいと言い始め、具体的な名前を何人も出してきて、そういったメンバーが揃えば勝てると主張してきた。私はそのメンバーに入っていなかった。また近所に住んでいていつも一緒に遊んでいた仲好しのB君の名前もなかった。
さらに話し合いは続いたが、A君がB君に向かっていきなり「選抜チームに入れてやるから、僕の考えに賛成しろよ」と言ってきた。そうしたら、B君はすんなりそれに賛同したのである。私は呆気に取られた。雰囲気的には選抜チームの編成にはみんな躊躇いがあった。そういうことは公平ではない、差別にもつながりかねない、みんなで助け合い協力するのがクラス仲間であると、道徳の授業ではいつも教え込まれていたからである。
最終的にA君の意見が通り、大会に向けてのメンバー選出が始まった。私はあまり体育は得意ではなかった。特に瞬発力や腕力がなく球技には不向きである。最終的には、恐れていたとおり私は選抜メンバーから漏れた。B君はA君が言ったとおり選抜メンバーに入れてもらえた。これで強いチームと弱いチームを男女2チームずつ何とか作ることができた。
大会の結果はどうなったか、今では全く記憶がない。しかし、選抜に入れてやるよと言われ、B君の態度ががらりと変わったことを憶えている。私が選抜に漏れたみじめさよりはっきりと記憶に残っている。
そして今でも振り返って思うことは、仲好しのB君に裏切られたという意識を持たなかったことである。その後もいつもどおり一緒に下校すると、どちらかの家で遊んだり宿題をやったりしていたからである。もちろん、事態が推移する過程で人の気持ちも変化することも学んだ。
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