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 1月27日に開かれたフジテレビの不祥事に係る会見の報道をテレビニュースから眺めていると、(被害者と呼ばれる女性アナウンサーの)人権と(フジテレビという組織の)危機管理という言葉が頻繁に出てきた。私の頭の中では、この二つの言葉がしっくりと受け止められなかった。前者は会見したフジテレビの側から、後者はニュースでコメントする専門家の口から出ていた。
 今回の被害者のプライバシー保護がどのように人権なるものと関係するのかなかなか理解できない。ジャニーズ事務所における未成年者への性加害問題なら、この言葉はストレートに当てはまるのだろうが、それとは事情がかなり異なるだろう。危機管理といわれる概念もテレビ局という組織の都合だけに焦点を当てているようで嫌な印象を持ってしまう。以下は危機管理の方について、日頃から思っていたことを含めて記してみる。
 危機管理の意味を国語辞書で調べると、地震や豪雨などの自然災害などの不測の事態に対して、迅速かつ的確に対処できるよう事前に準備しておくことがまず挙げられている。次に、いわゆる「リスクマネージメント」のことをさすと述べて、団体(特に営利企業)の事業や活動に生じるさまざまな危険について、最少の費用で最小限にその事態を抑えようとする管理ことだと説明している。
 自然災害も企業の不祥事も同じ危機管理という言葉で括られることにまず違和感を覚える。意味合いがかなり異なるのであれば、別々の言い回しにした方がよさそうである。
 そして企業の不祥事の未然防止、発生後のスマートな対処法ばかりが議論されるなら、不祥事の被害者側に対する対応もすべてその企業の立場に立ったものになりかねない。つまり企業のダメージをいかに少なくするかが主眼となって、被害者の救済というものはそのためにはどうしたらいいかという観点からの方策になってしまう。企業の自己保身を優先するような状況になることも有り得る。こうした動きについて、被害を受けて悩み苦しんでいる当事者はどういう思いでその推移を眺めていけばいいのだろうか。裏切られていると口惜しがることもあるだろう。いろいろな事件や事故が発生するたび、危機管理といいながら、常に私企業や公的団体側から見た管理の体制や能力ばかりが論じられるのにはいつもがっかりさせられる。
 あってはならないことが起きた、痛恨の極みである、全責任は私にある、抜本的な改革を推し進めて再生を図るなど、これらの言葉の響きはうまく聞こえるが、どこまで被害者に寄り添って発言しているのか疑いを持ちたがるのは私の悪い性癖だろうか。世の中にはあってはならないことが頻々に起きている。今後も起きることだろう。

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