朝明第10号(栃木県文芸家協会発行/2022年1月1日)特集[ときめいた時]
「平成二九年九月九日土曜日の昼下がり」 三上 博史
もう三年以上前の話しだが、その日は九月に入ったというのにまだまだ暑かったことを憶えている。最高気温は間違いなく三〇度を超えていた。お昼を食べて、いつものように自分の部屋に戻りテレビをつけた。何を観ていたか忘れたが、しばらくすると眠くなりテレビを消して昼寝時間に入った。
どれくらい眠っただろうか。いきなりケータイが鳴った。着信音は大阪に嫁いだ娘からのものだった。半分寝惚けていた。電話の用件は、妊娠したということだった。つわりがひどく、まだ安定期に入っていないので流産の可能性もあるから手放しでは喜べない。近々行く予定だった宮古島への新婚旅行はキャンセルすることにした。そんなことを落ち着いて話しながら電話は切られた。
暑さで寝汗のようにびっしょり汗をかいていたことに改めて気がついた。寝惚け状態は徐々に収まってきて、娘の初めてとなる妊娠のことが次第にしっかり現実味を帯びてきた。そして何ともいえない気持ちになってきた。誰に知らせる訳でもない、まだ生まれていないのだから。何をする訳でもない、まだ何もできないのだから。でもじっとしていられなかった。
車庫から自分の車を出して田舎道を訳もなく運転することにした。以前から、天気のいい休日に無聊を託つ時は、カーラジオを聴きながらこういう一人ドライブを楽しんでいたのである。信号機もあまりない、対向車も少ない農道をひたすらのんびり走る。今回はラジオをつけず、娘の妊娠のことを考え続けながらずっとハンドルを握っていた。
あの小柄な娘が子供を産むのか。心配性で石橋を叩いても渡りたがらない性格だが、人並みに結婚して一児の母となる。当たり前のことだが、当たり前でないような不思議な思いになった。
それから娘の方も妊婦として次第に落ち着いてきた。安定期に入ると女の子だと性別も分かった。私の方も遠く離れて住む娘夫婦のことを思いやりながら、孫が誕生する楽しみも感じ始めてきた。
翌年の五月が出産予定日。生まれたらすぐにクリニックへ駆けつけようと心の準備は万端だった。さらに欲が出て、その後は月に一回大阪まで孫の顔を見に行こうかと考え始めた。
そして予定より少し早めの四月に誕生。もちろんすぐに駆けつけたが、その後毎月一泊で孫の顔を見に大阪へ行くことも実行した。娘夫婦の了解もとっていたし、さほど迷惑がっていなかったと思う。娘のために、東京駅で必ず関東の匂いがする駅弁をお土産に買って行った。
昼寝からいきなり起こされて妊娠を告げられた娘からの電話、それを知った時の汗ばむ暑さ、このことが何度も思い起こされる。定年後の人生の景色が少し変わり始めた平成二九年九月九日土曜日の昼下がりを忘れることはない。
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