「やばい」の語源は江戸時代まで遡れるようであるが、現代における使われ方は「危険な、不都合な」という意味が一般的である。それが若者言葉として1990年代あたりから「凄い、非常に面白い」という新たな意味にも用いられ始めた。否定的な意味合いから積極的な肯定へと転換されて広まった。タレントの出川哲朗が「ヤバいよヤバいよ」と発する口癖は確実にこの時流に乗っているものであろう。
若者言葉としての「やばい」の使い方、例えば「この店の味噌ラーメンの旨さはヤバすぎる」などと言うと、年配の人にはかつて眉を顰められたものだった。しかし当時の私の頭の中へは、こういった用例はすんなり入り込んでいって全く違和感がなかった。別に若者が使う流行語に迎合した訳ではない。おもしろい言い回しだと素直に感心したからだった。英語表現にもこのような変遷を経た単語があるから、日本語も英語も同じだと思ったのである。
朧げな記憶であるが、かつてのNHKの人気番組「セサミストリート」の放送テキストに「terrific」という単語が出てきて、最高とか素敵とか、そんな翻訳がなされていた。元々は「恐ろしい」という意味の単語だったものが、今ではまさに日本語の「やばい」のように意味が肯定的に転換されて使われている。ついでに言うと、同じ語源の単語である名詞の「terror(=恐怖)」は、日本語の「テロ(行為)」として広まっている。その形容詞である「terrible」もよく目にする。
こういった転換は調べてみれば言語的にはよくあることである。「鳥肌が立つ」などという言い方も、寒さや恐怖などによって、皮膚に鳥肌が現れるという本来の用法から、「名演奏に鳥肌が立つほど聞き惚れた」などのように、深い感動の表現としても使われるようになった。
英語の「very」に相当する「とても」も、大正時代ぐらいまでは否定的な意味合いでしか用いられなかった。「とても考えられない」「とても酷い」など。でも今では「とても素晴らしい」などと言う。「全然」も然り。「全然おもしろい」などと話すと、かつては古い世代に訝られたものだった。今やこの語法はしっかり市民権を得られている。そういえば、6歳になる我が孫娘の口癖は「めちゃ何とか(『すごい』とか『うれしい』とかの形容詞や形容動詞)」であることを思い出した。この「めちゃ」も勿論「滅茶苦茶」から来ていてしっかり転換されている。
言葉の意味が極端から極端へ走るように転換される、あるいは見事に反転するのは法則性がありそうな感じがする。意味が中途半端には変容しないケースを見つけるのも言葉のおもしろさである。
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