1996年に開かれたアトランタオリンピックの女子マラソンで銅メダルを獲得した有森裕子選手が、ゴール後のインタビューで言った「自分で自分をほめたい」は名ゼリフとして今も人々の記憶に残されている。なかなか上手い言葉である。その4年前のバルセロナ五輪では銀メダル。今回はゴール直前での後続の追い上げを見事振り切っての銅メダル。国民に感動を与えたシーンからこの言葉は生まれた。
もともとは、フォーク歌手の高石ともやが書いた詩の一節を引用したものらしい。その後、この言葉は流行語として当時の話題となったものだった。
そして「自分をほめてあげたい」という誤った言い方も広まった。あるテレビ番組を観ていたら、どこかの小学校の国語の授業で「自分をほめてあげたい」という言い方がいかにおかしい言い方か、間違っているかを先生が生徒に説明している場面に出くわした。ちなみに正しい言い方をするなら「自分をほめてやりたい」なのだとか。
有森選手の言葉はそのとおり伝えなければ当人に対して失礼に当たる。しかし「自分をほめてあげる」という言い方は何故ダメなものなのか。家で飼っている愛犬に「餌をあげる」などという言い回しもおかしいと説明していた。動物に対してはそもそも丁寧表現はまかり成らんという考え方なのである。
うーん、飼っている犬を可愛くて可愛すぎる愛犬と思うなら、おそらく人間と同等、いやそれ以上に愛を感じてしまうのではないか。それを踏まえるなら丁寧表現はごく自然に生まれるものだろう。
自分をほめることで自己愛的になる場合にも、丁寧表現を使いたくなる時はある。その心情は「丁寧に」扱いたい。よって「自分をほめてあげたい」は決しておかしくはない。それが私の軍配である。
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