地方の生まれ育ちなので、誰か来客があると、とりあえず家の中へ上がってもらい、お茶を出すという習いが大体どの家でもあった。わざわざ応接間には招じ入れない。茶の間が普通である。縁側になることもあった。農家なら土間があるので、そこの上がり框(かまち)に座ってもらう場合が多い。お茶とお茶菓子を出す。適当な菓子がないと香の物を出す場合もある。そして世間話、人の噂話などに時間が経過する。
でも、そんな田舎の風習も今は消えつつある。玄関先で用件が済めばそこから立ち去ってもらう。上がってお茶を勧めるようなことはしなくなってきた。数年前、まだ老母が元気だった頃、長年何かと付き合いがあった水道工事の個人事業者に、屋外にある水道の蛇口の修理を頼んだことがあった。冬だったが暖かい陽気で、作業が終わると縁側でお茶を飲んでもらった。老母はお茶を出すのは当然のことだという考えを持っている。修理が完了して最後に代金を支払うが、そのまま帰すようなことをとにかく嫌がる。直してもらってお世話になったという意識が働く訳である。そして業者の方も遠慮することなく縁側に腰を掛け、とりあえず出された茶を啜る。四方山話をしながらのんびりとした時間が流れていく。
シルバー人材センターに庭木の手入れを依頼する時にも、老母は必ずお茶道具とポットを縁側に用意したものだった。午前と午後の休憩の2回である。しかしそれらはだいたい昭和時代までの風習。平成から令和へと移り変わり、何も出さなくても構わないような時代になってしまった。しかしそれも忍びないので、せめて人数分のペットボトルのお茶を用意する。こういう家庭も結構あるだろう。
なぜこんな話しを持ち出してきたかというと、近所に中学時代の同級の友人が住んでいて今でも何かと付き合いがある。この友人は実に義理堅いところがあって、何か物をあげたり、お裾分けをしたりすると必ずお返しを持ってくる。そういう生真面目で実直なところがある性格の人間なのである。おそらくそういう礼儀を親にきちんと教え込まれる家庭に育ったのだろう。事前に電話やLINEもせずいきなり訪問しても、決して嫌な顔をしない。そして必ず「上がってお茶でも飲んでいったらどうだい」と勧める。最近もそれを経験したので、こんなことを思いついて書きたくなったのである。
今はどこの家庭でも防犯上しっかり施錠がなされる時代である。開けっ放しの縁側に気軽に座るような雰囲気にはなっていない。「ちょっと上がって、お茶でも飲んでいったら」(なお農村部の栃木弁だと「ちょっくら上がって、お茶でも飲んでがっせ」となる)「うん、それじゃ少しだけ上がらせてもらうか」(同じく栃木弁だと「んじゃ、ちっと上がってみっぺ」)などという会話のやりとりは、やはり昭和時代までの長閑な光景だったのだろう。もうそんな世の中には決して戻らない。少し淋しいことである。
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