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 大学生時代に一番感銘を受けた本は、岸田秀著「ものぐさ精神分析」(青土社)だった。大学の授業の帰り、時間的な余裕があると古本屋を巡ったり大手書店に立ち寄ったりしていたが、月刊雑誌の「ユリイカ」や「現代思想」(いずれも発行元は青土社)などを立ち読みで捲ることが時々あった。どちらも正直に言って難しいことばかりが論文として書かれてあった。買っても読み解けず途中で投げ出してしまってはお金が勿体ない。気にはなっていたがいつも店の中で読む程度に留まっていた。
 しかし、その中で何度も登場する岸田さんの文章はまずタイトルがユニークで、それだけでも何か惹かれるものがあった。さらに本文を読み進めるとやはり面白そうだった。世間一般が考えていることの逆を突いた論旨を書き連ねている。
 それらが一冊にまとまって発刊され、気がつけば書店に並べられていた。それが「ものぐさ精神分析」である。しばらくして意を決し、この新刊書を買うことにした。Wikipediaには次のように紹介されている。

[ 月刊『ユリイカ』に、1年間連載された文章(1975年1月号~12月号)を中心に、23の評論ないしは随筆(訳詞や自作の詩を含む)が「歴史について」「性について」「人間について」「心理学について」「自己について」のテーマ別に編まれている。1977年1月に青土社で刊行。帯文は澁澤龍彦。
 1982年6月に、4編の文章を追加し中公文庫で増補再刊(改版1996年1月)。なお翌7月に『続 ものぐさ精神分析』が刊行された。
 当時杉並区浜田山に住んでいた岸田は、近所に住む英文学者の由良君美と交流があった。その由良が『ユリイカ』編集長の三浦雅士に「面白いことを言う男がいるから何か書かしてみたら」と勧め、突然連載が決まったという。岸田は後年次のように述べている。
「わたしは自分の考えが世間に発表するに値するとは思ったことはなく、発表しようなんて気は毛頭なかったから、三浦氏にたまたま強いられなかったら、文章を書き、本を出すなんてことは、生涯なかったであろう。まさに人生は偶然が決定する」
 本書に大きく影響を受けた人物として、伊丹十三、橋本治、内田春菊、柴田元幸、内田樹、来生たかおらが挙げられる。]

 この紹介を読んだだけでも、大学教授というお堅い職業とは少し異なった人柄が覗いているだろう。岸田さんは、当時和光大学の教授だった。
 さて目次を紹介すると、抜粋になるが次のとおりである。

「日本近代を精神分析する」「 日常性とスキャンダル」「性の倒錯とタブー」「性的唯幻論「何のために親は子を育てるか」「言語の起源」「一人称の心理学」「 心理学者の解説はなぜつまらないか」「 心理学無用論」「自己嫌悪の効用」など。

 どれも興味をそそられる言い回しのものばかりである。当時の私は大学5年生で暇だった。時間はたっぷりある。ユニークなタイトルの一つひとつを丁寧に読み進めた。
 読破すると、今度は「二番煎じものぐさ精神分析」「出がらしものぐさ精神分析」と続刊が2冊出た。この頃には岸田さんの考えに心酔しているところがあったので、これらも早速買い求めて読んだ。今はこの本の内容を解説するほどの記憶はなくなってしまったが、少なくとも言えることは、日本の哲学というのは所詮西洋思想の紹介がほとんどである。どこそこの誰がこう論じた、誰がああ反論したの解説ばかり。そんな本ばかりに付き合わされて些か辟易していたら、ある時偶然にも岸田さんの独創的な考えの本に遭遇する。頭をガツンと叩かれたような衝撃だった。太宰治の卑屈さや三島由紀夫の虚勢について論じた文章はまさに圧巻だった。かねがね私が感じていたものと見事に符合したのである。
 以後の私の人生において、ものの見方、考え方を決定づけたのがこの本である。出合えてよかった。70歳近くになる現在まで、何とかメンタル面で病的な症状を出さずに生きてこられたのは、川柳との付き合いの他に岸田さんの著作のお蔭でもある。私の精神的な脆さと危うさをうまく昇華してくれた有り難い座右の書だった(今はもう手元にはない)のである。

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