本年5月をもって、栃木県文芸家協会(通称「とちぶん」)の事務局長、及びとちぶんが毎年1回発行する総合文芸誌「朝明」の編集委員長の任期が満了となった。定年退職後7年を経過するが、そのうちの6年間(1期2年で3期)は事務局長と編集委員長の用務に追われるような日々だった。
振り返ってみると感慨深いものがある。1年目は、何をやるにしても初めてのことばかりなので大変だった。事務作業でも編集のことでも、段取りが気になってくると、床に就いてもなかなか寝付けなかったり、夜中に目覚めたりすることが何度もあった。令和になってからは、コロナ禍でとちぶんのいろいろな事業が中止になったり、中止でなくとも会場や日時が急遽変更になったりと、予想外のことでの業務量が増えた。
協会という名称を使っているが、所詮は文芸愛好者の集まりである。ほとんど無報酬でやることに当初は戸惑いもあった。しかしパソコンと向き合いながらも、徐々に給与をもらっていた現役時代とは違う感覚に慣らされていった。高齢者の年金暮らし(はっきり言えば余生)とはこんなものだと悟ったのである。
下に載せた写真は、6年間、役員会や総会、編集会議などで使ったノートである。ちょうど使い切ったところである。思い出に残しておくことにした。

編集委員長として最後となった総合文芸誌「朝明」第12号(2024年1月1日発行)の編集後記に書いた拙文を以下に載せておく。よろしかったら読んでやってください。
■平成30年に朝明編集委員長の任を引き受けて6年となる。今回の編集でいよいよ最後となる。今振り返ると、最初に取りかかった第7号の校正のことが思い出される。初校ゲラを各部門の編集委員がチェックしてから、編集委員長としてそれらのすべてに目を通した。ゲラを読みながら気になるところはすべて元原稿に当たった。
ある日の夜、少し気合を入れてこの作業に取りかかった。ある程度進んだら翌日に回そうと思い、とりあえず寝床に入ったが、その日は朝から集中豪雨の天気が続いて、夜が更けても一向に収まらない。雨音が気になってなかなか眠れないのである。我が家は古い家なので雨漏りを心配していた。どうせ眠れないのならと、寝床でまた初校ゲラの続きとにらめっこする。ようやく眠くなって止める。しかし布団に潜り込んでも雨漏りのことが気がかりで再び目が冴えてくる。それではと、またまたゲラとにらめっこ。そんなことを何度も繰り返していたら、いつの間にか夜が明けてきて、雨も上がっていた。今から思うと懐かしい思い出である。
とにかく1年目はいろいろと気が張っていた。校了してようやく出来上がると、割付を含めていろいろな粗が目につく。校正ミスを指摘され、正誤表を作成する。毎号これらを繰り返して、編集委員長として精進が足りないなあ、という忸怩たる思いに襲われる。今号の刊行でやっと解放されることとなるが、私なりにいろいろあった6年間だったと、今更ながらしみじみ感慨に耽っている。…(以下省略)…
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