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 一昨年の秋に老母が亡くなってからもう1年半になる。淋しくないと言えば今でも噓になるけど、一人暮らしに慣れてきた、飼い馴らされていく自分にふと気づく時がある。気ままに一人で生きていくことのメリットを折にふれて感じる。何かのきっかけで孤独感に襲われることも少なくなってきた。親友である川柳がいつも傍にいるのが有り難い。
 少し振り返ってみると、周囲の人間(特に同世代の女性)に「食事はどうしているの?」と、よく訊かれたものだった。三度の食事の支度をあまりせず、日々インスタント食品や外食で済ませているのではないかと思われて(心配してくれて)いたようである。
 東京の大学生時代の下宿生活で自炊はある程度やっていた。上京する際に母親から、カップ麺やインスタント食品ばかり食べていると体を壊すからと口酸っぱく注意されたので、面倒でもその習慣がある程度身について現在に至っている。
 だから俎板と包丁で何かを調理することが、この歳でもあまり苦にならない。そもそも外食ばかりだとカネがかかる。一人暮らしの家計で大した財布の入り繰りではないが、エンゲル係数を高くしたくはない。億劫がらず台所に立ち、自分で煮たり焼いたりすることがどんなに安上がりか。少なくとも、家でやれば簡単に出来る焼き魚や煮魚の料理を外の定食屋で食べる気はあまりしない。ガスコンロのグリルで鰺や𩸽(ほっけ)の開きなどを焼くことは少しも面倒くさいとは思わないのである。
 食事のことを心配をしてくれたのは、昭和時代の社会通念だった、外の仕事は男、中の家事は女がするものだという考え方から来ているのだろう。有り難い配慮とも受け取れるが、私には心配御無用のことである。もっとも、男子たる私が厨房に立つことに対して、生前の老母は最後までイマイチ得心がいかなかったようではあるが…。
 洗濯は4~5日の間隔でやっている。これも大した手間とは感じていない。コインランドリーで乾燥機を使うようなことは、コインが勿体なくてできない。雨が降り止まなければ、しぶとく縁側に干し続けるだけである。
 ここまでは些か優等生的な高齢者の独居生活を営んでいるように見えるかもしれないが、実は苦手なものもある。まずは草むしり。これは厄介である。老母のように体を丸めてしゃがみながら、庭の隅から隅まで時間をかけて丁寧に鎌で雑草をむしることができない。どうしてもじれったく感じて、両手で握る大きな剪定バサミでじょぎじょぎ(チョキチョキではない)とせっかちに刈り取っている。それもひと月に1回程度しかやらない。廃屋の庭先のように雑草が生い茂っていても、私自身はあまり苦痛とは感じない。どちらかというとご近所の目を気にして、それで作業をしているところがある(ちなみに隣家のご主人はまめな方で庭の手入れはいつも行き届いている)。冬が近づくと雑草も生えなくなり密かにほっと安心する。春先になると、また草むしりの季節になったかと暗澹たる思いが脳裡を過る。なお老母は世間体をひどく気にしながら、飽きることなくこまめに鎌を持ってやっていた。それが生きがいのようにも見えた。自分が死んだ後の庭の手入れはどうなるのだろう、こんな倅じゃ何にもしないだろうと、いつも気にしていた。それが口癖だった。そしてその予想(?)は見事に(?)的中してしまった。
 次に厄介なのは、部屋の掃除である。四畳半の下宿生活時代でも埃はほとんど気にならなかった。だから滅多なことでは掃いたり拭いたりはしなかった。その感覚は老いた今でも実は全く変わっていない。誰か来客があると、前日に俄か掃除(トイレも含めて)を始める。そうでないとなかなかやらない。やる気が起きない。埃は溜まって立体的な綿埃となっても、特段目障りにも感じない。此処其処と目立つようになってくるとやおら摘まんで片付けることはある。年末の大掃除だけはけじめとしてしっかりやるが、それ以外は発生主義というか、対症療法的というか、とにかく積極的には行動しない。
 昨年の11月に娘夫婦が二人の孫を連れて里帰りした。コロナや第二子の出産などがあって約2年ぶりの来訪である。孫や婿さんのために歓待しようといろいろ準備していた。しかし着いて早々の娘の態度が何か険しく、家の中が埃っぽい、掃除はしたのか、これでは安心して寝泊りできないといきなりきつく言い出し、箒とフローリングワイパーで一人勝手に掃除をやり始めた。私としては、わざわざ遠方から帰って来てくれる娘たち家族をきちんと迎えてもてなしたい、孫たちに嫌われたくないと思い、数日かけて家の中をきちんと綺麗にしたつもりだったのだが…。いきなり雑なところ(多分綿埃の一つや二つ)が目についたのだろう。私の方はあまり抗弁せず、なすがままにその行動をしばらく眺めていた。
 ちなみに言うと、私の子育て経験では、我が娘を叱ったことは滅多にない(少なくとも中学生になってからは一度も無い)。娘に叱られることは今でもちょくちょくある。私はガンジーの無抵抗主義を信奉しているのである(笑)。おそらく孫娘や孫息子にもそういう態度をとることだろう(笑)。

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