私が社会人になったのは昭和55年4月である。大学卒業前の就職活動(その頃は「就活」などという言葉はなかった)で、本部キャンパスにある学生課の就職コーナーへ何度も行き、新卒の求人案内の掲示板をよく眺めた。その頃の一般企業における大卒の初任給は、大体安くて10万円台、高くて精々11万円、12万円台ぐらいが相場だったと思う。
私は給与の多寡にはあまりこだわらず、とにかく楽な仕事をしたいということを願って職探しをしていた。そうすると、まずいわゆる民間企業の営業職みたいなところを一番に避けた。営業成績で給料がどんどん上がるようことは全く望まない。低くても固定の月給をしっかりもらいたかったのである。
そんなこんなで公的な(公益を目的とした)事業所・団体からの募集を狙うことにしていた。しかし、こういった求人は案外少ない。公的に見えて実態は収益事業がメインの組織もざらにある。結果的に地元栃木へ帰って、国費(税金)で設立されて運営している私立大学の事務員への採用が決まった。多少のコネも使った(当時は一般的)が、もちろん筆記試験や面接も受けて合格した。
社会人になって働くことに特段夢と希望がある訳ではなかったので、職場へ期待することなどほとんどなかったが、初任給が9万円丁度というのが気になっていた。他社に比べて、1~2万円は確実に低い額である。
就職が正式に決まってから、給与の安さのことが少し不安になって、のこのこ学生課へ相談しに行った。話しを聞いてくれた窓口の職員は「国家公務員と同等の待遇だから仕方がない。でも物価調整手当が付くだろうから、結果的に民間よりやや低い程度で収まるのではないか」と、きっぱり言い切った。少しほっとした。
その後入職して、初めて支給される4月分の給与明細を見た。9万円だけだった。それ以外は何も加算されていなかった。通勤手当や残業手当などは翌月の5月に精算されるのでそれらは空欄のままだった。9万円の基本給だけに対して、所得税や社会保険料等が算定されて差し引いてあった。後で勉強したのだが、「物価調整手当」が付くのは関東では首都圏のみ。栃木のような長閑で物価が安い田舎ではそんなものがもらえるはずはないのである。
こんな経緯があったので、初任給9万円のことは忘れようにも忘れられない数字として頭の隅に残り続けた。その後30歳近くになって、職場の同期の仲間たちと酒を飲む機会があった。そして何かのきっかけで、この初任給9万円のことが話題になった。みんな酔いが回って賑やかになっていたが、そのうちの一人が、それは間違いだ、10万は超えていたはずだ、と言い出した。私と言い合い(酔ったうえでのじゃれ合い)になり、後日、私はずっと保管していたその明細を職場へ持って行きそいつに見せてやった。見た途端すぐに、参った!降参!と、即白旗を挙げた。自分が勘違いしていたお詫びということで、後日そいつと二人だけで一席設けて酒を飲み、全額を奢ってもらった。
なお公務員と同等待遇というのは初任給が安くても、その後着実に基本給は上がる(もちろん定年まで大企業社員のような額には決して追いつかないが)。世の中がどうなろうと必ず上がる。デフレマインドの中で人事院勧告がゼロベースに陥ったとしても、それと次元が異なるところで昇給は絶対に履行される。長い目で見ると呑気でお得なところもある。事務机に向かって一日書類を眺めているだけ(仕事をしている振りだけ)で、砂時計のように着実に給与というゼニが懐に落ちてくる日もあるという仕組みなのである(もちろん繁忙な時期もある)。まぁ、厳しい民間ではとても考えられない勤務である。安給料にだけ目を瞑っていれば、定年までは何とか頑張れる世界なのである。
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