8月中旬のその日は、晴れたり曇ったり、雨が降ったり止んだりの不順な、そして予報どおりの台風が確実に近づいている、何とも怪しい空模様だった。
しかしそうは言いながらもいつもどおり午睡して、田舎道のサイクリングへ出掛けた。どうせ雨に降られても俄雨程度だろう。大したことにはなるないと高を括っていたのである。
数10分走っていたが、猛暑日に近い気温でも空が曇ると陽射しによる暑さは幾分か弱まる。真空断熱ボトルに入れたスポーツドリンクを時折口に入れて何とかペダルを漕ぎ続け続けられる。頭上に雲がかかっていない方向を目指して、つまり晴れている方へなるべく向かおうとンドルを握っていた。
しかし当たり前だが、雲の動きは結構早い。いつの間にか一天俄かに掻き曇るように雨が降り出した。これはやばい。気がつけば道端に大木が並んで立っている下へ行って慌てて雨宿りをしている自分がいた。しばらくすれば止むことだろうと、サドルにお尻を載せたまま右足をペダルを載せた体勢でじっとしていた。田舎道とはいえ自動車が数台私の横を通り過ぎた。こんな道端で短パンの爺さんが体の動きを止めて、一体何をやっているのだろうと怪訝に思われたかもしれない。しかしどこから見ても完全な老人であることは素直に認めているので、そこら辺りのことは今更気にしていない。
予想したとおり10数分で雨は上がった。それではと改めてペダルに力を入れて漕ぎ出す。道なりに数10メートル曲がって走ったところで急に晴れてきた。晴れているだけではなく路面が全く濡れていない。降っていた所との境目がはっきりと判る。
つまり、雨宿りせずほんのもう少し走れば、雨に降られずに済んでいだ訳である。そしてこんなメリハリのある境目が実際にあるのだと驚いた。車で走っているとこんな変わり目を何度も経験するが、ここまではっきりしているのだろうか。グラデーションみたくなっているのではないか。走行中、いつの間にか雨が上がっていると気がつくことがある。だからと言って、雨と晴れのはっきりした境目を確かめようと車をUターンさせて後戻りするような、そんな暢気なことをする人はおるまい。
雨と晴れの境目はグラデーションになっているのか、あるいはきちんと白黒がはっきりするようになっているのか、子供の頃から密かにずっと気になっていたのである。今回の体験は、ドラえもんの「どこでもドア」の世界を連想するようなことだった。私にとっては66年の人生で初めての経験であり、まだまだ知らないことはたくさん存在するのだと思った。
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