前回からの続き。上石神井から栃木へ帰る際、浅草の行きつけの居酒屋に寄った。この居酒屋とは何と約半世紀、50年近くお付き合いをしている。
私が出張などで東京へ行く場合、用件が済めば居酒屋などで酒を飲んで帰途に着くことが多かった。場所はほとんどが浅草。一人で潜れるような縄暖簾の店が浅草には何軒もある。それも夕方5時の開店ではなく昼頃から営業している。飲んでも帰りは最寄りの東武浅草駅からの始発列車に乗って帰れる。座席に収まったらそのまま居眠りに入れる訳である。だからこの便利さと手軽さでずっとこんな飲み方を続けていたのである。
この行きつけは居酒屋チェーンの本店で都内にいくつもの店舗を構えている。その一つが、私が通っていた大学の駅前にもあり何度も利用していた。その関係で大学1年生の頃、同じ店ならメニューも同じで安心して飲めるだろうと入ったのがきっかけだった。友達と栃木へ帰省する際によく一緒に飲んだものだった。
しかしそこに惹かれる大きな理由は、昼下がりから何の躊躇いもなく店に入り、一人で飲めることである。ランチタイムがあってそれから休憩時間を設けず酒が飲める時間帯へ移行する。落ち着いて手酌できる座席はいくつも用意されている。昼間から飲んでいる客層は後期高齢者と思しき男性、中年のカップルなどが多い。
50年近くも通っていると、浅草界隈の移ろいも感じ取れる。インバウンドなどという言葉がなかった昭和の時代と現在では、雷門付近の人通りが全く違う。人力車などが走っていなかった頃の雷門は記念撮影するためだけの場所だった。それがいつの間にか多国籍の雰囲気となった。そして居酒屋などにも外国人客が平気で入るようになってきた。コロナによる落ち込みもあったが、現在は元通りの活気を呈している。
その店は昭和時代からオーナーらしき店長がずっと切り盛りしていた。暖簾を潜ると、いつも勢いよく「いらっしゃいませ!」と声掛けしてくれていたのだが、ここ数年その人を見ていない。引退するにはまだ若かった。病気か何かで亡くなったのか。接客する店員は学生アルバイトやパートのおばさんがほとんどで、当たり前だが、顔ぶれはよく変わる。
あと数年は栃木に暮らしているので、その限りは東京へも偶に出かけることがあるだろう。そうなると50年を超えることとなる。そんな客は私ぐらいなのではないか。ギネスに載るくらいの記録かなと密かに思っている(笑)。
行動経済学的に考察すれば、飲み屋選びにおいては行きつけの店の食べ慣れたメニューに対する安心感が優先される。若い時分はいざ知らず、齢を重ねれば店を選ぶ冒険心はなくなっていくものだと思う。
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