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 先月の5日(日)は新暦の初午だった。我が家にも小さなお稲荷様が裏庭(と言っても大した広さはないが)にあり、毎年「正一位稲荷大明神」と書かれた紙製の幟2本を雑貨屋で買い求めて長い棒に括り付け、お稲荷様の前のところに突き立てていた。ご近所でもこんなことをやっている家は少なくなっている。
 昨年母が亡くなり、私一人の生活では、今までやっていたいろいろな家の中の行事はやらなくなるだろうと考えていた。でもいざその時期が来ると、独り暮らしでもとりあえず1回ぐらいはやって、その次の年はもう止めにするかという気持ちになる。要するに母が亡くなって何もかも一切やらなくなるというのは少し寂しい気がしたのである。一周忌の節目までは、なるべく今までどおりの生活をしようという思いが強くある。
 2月3日の節分は今までどおりに豆撒きをやった。鰯の干物(いわゆるメザシ)を買って来て頭を切り落とす。庭先の柊の枝を切ってその頭に突き刺す。神棚や玄関、お稲荷様などで「福は内! 鬼は外!」と叫んで豆を撒いては御神酒を少し飲む。これを何十年もやってきたので、今年も自分で用意して一通りやった。来年はやらないかもしれない。
 さて初午の話しに戻ると、幟の「正一位稲荷大明神」の文字は白抜きになっており、ボールペンとか油性ペンでこの文字をなぞるのが子供の頃から毎年の私の役目だった。これが何のことか、ずうっと謎であった。母に訊いても知らないと言う。分からないけど、とにかくやりなさい。そういうことであった。
 6年前に町内の自治会長を1年間務めた。我が町内の公民館にはお稲荷様の社が併設されていて、初午の時は細やかだがお祭りを挙行する。お供えに魚や果物、御神酒を用意し行燈に灯(電球)を点す。会長だったので、世話人さんと協力していろいろと準備をした記憶がある。例の幟は笹竹を伐ってきて10本ぐらい用意しただろうか。そして、例の文字を10枚分私がなぞったのである。なんでこんな面倒くさいことをするのかと思いながら作業を進めていき、それから、はっと気がついた。本来は筆を使って「正一位稲荷大明神」と墨で書くべきであるが、それを端折って、ペンのなぞり書きに簡略された。そういう訳だったのかと悟った次第である。私が子供の頃からやっていたことの意味が何十年も経って漸く氷解した面白さ、些かの快感を感じた。長年抱えていた謎が解明するというのは、どんな些事でも嬉しいことである。
 初午の幟は、多分来年はもう立てないことだろう。淋しい気持ちもするが仕方がない。そんな訳で、どうでもいいような写真であるが、最後になぞって初午に立てた幟の写真を載せた訳である。本当は終わって回収したらすぐに片付けてしまおうと考えたのだが、スマホで1枚記録写真を残して置くことにした。皺になっているのは風に吹かれ揺られてそうなってしまった次第。線は見えにくいかもしれないが、一応油性ペンでしっかりなぞってある。

 

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