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 先日、ある川柳コンクールの応募作品を審査していたら、下五に「すいません」という言葉を入れた句に出くわした。作品の評価とはまったく関係なく、この言葉から中学時代に担任の先生から注意されたことを何十年か振りで急に思い出してしまった。
 朧げな記憶であるが、中学3年の時にクラス仲間とつまらぬ理由でエスケープ(今時こんな言葉を使う人がいるだろうか)したことがばれてしまい、担任からこっぴどく叱られた。そして反省文まで書かされる羽目になったのである。しかし生意気盛りで反省などこれっぽっちもしていない。そんなくだらない作文を書かされるなんてバカバカしいと思っていた。反省もしていないのに反省の文を書かされる不合理さに対して内心更に憤慨していたのである。しかし放課後に居残りとなり、いよいよ観念してシャーペンを握りしめる。そして仕方なく書き始めることとした。
 作文用紙の升目に文字を埋め込んで言葉を書き連ねようとしたが、なかなかペンは進まない。やっとの思いで「どうもすいませんでした」という出だしで何とか書き始めた。その後は何を続けて書いたのか、どんな反省の言葉を吐いて書き終わったのか全く憶えていない。
 いざ担任の先生にそれを提出すると、全然心が籠っていないことがバレバレだったので、先生は書き出しの言葉尻を捉えて、「三上、『どうもすいません』とはどういうことだ? タバコでも吸ったのか? 『どうもすみません』と書くのが正しいだろう」と、いきなり説教し始めた。あちゃー、まったくそのとおりだ。タバコなんかを持ち出してきて、先生もうまいことを言うなぁ、と恐縮の態を見せながら感心して聞いていた。担任の教諭としては面倒なことを起こしあがってという思いがおそらくあったのだろう。教頭とか教務主任あたりから、エスケープした当該生徒達への注意と指導を指示されて、先生自身もいやいやながら作文を書かせることにしたに違いない。注意する方もいやいや、注意される方もいやいやのやりとりである。何と空虚な教育活動であったことか。
 この一件があって以来、私は人前で詫びる時に「すいません」とは絶対言わなくなった。正しく「すみません」と発音し、もちろん筆記する場合もそう表記するように注意している。まっ、ある意味では指摘した先生のお陰で、口の利き方、ものの書き方ついて一つ勉強した次第である。エスケープ事件から得た唯一の収穫と言えるだろう。
 しかし、それから何十年も時は流れて「すいません」と発音する言い回しもよく耳にするようになり、今ではすっかり市民権を得た言葉遣い(言い方も表記も)になっているのではないか。発音について言えば、動詞「済む」の五段活用を意識した正式の発音をする方がかえって不自然に感じることすらある。自然な口の動き、滑舌のために人間の発音というものは易きに流れていく。動詞の活用形などという、文法的なそもそものことはもうどうでもよくなってくる訳である。
 物質という言葉がある。有害物質や化学物質など、いろいろな複合バリエーションで使われるこ場合があるが、これを正確に「ぶっしつ」と発音する人は少数派なのではないか。「ぶしつ」と音読してしまう方が多いのではないか。部室と同じになってしまうが、それで支障はないだろう。物体は「ぶたい」とは読まない。それは「ぶったい」と発音することに言いづらさの問題はないからである。しかし「物質」は「ぶしつ」と言いやすいように楽して発音したがる。国語の変遷とは、文法でも語彙の発音でも、こんなふうな方向に流れていくのである。理屈はあまり関係ない。
 以上、どうでもいいようなことを長々と書き連ねて、誠にどうも「すいません」でした。若い時分は二十歳以前からタバコを吸っていましたが、今ではもう「すいません」(笑)。

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  1. 鈴木 学 on 2022年9月11日 at 10:30 AM :

    いい担任でよかったですね。
    当時では、体罰が日常茶飯事でしたから。

    ところで、小池知事の英語のスローガンと「人流」という言葉はどこへ消えてしまったのでしょうね。
    60年以上生きていても、人流なんてコロナ前には一度も聞いたことがありませんでした。
    「人流」「打ち手」、、違和感があった言葉が消えていくのは、ある意味自分の感覚が正しかったということでしょうかね。

    • 三上 博史 on 2022年9月16日 at 9:11 PM :

      学さん、ありがとうございます。
      言葉も進化論的に自然淘汰される訳ですか、ね。

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