学生時代を過ごした50年近く前の東京赤羽の話題であるが、日々深夜あるいは明け方近くまで起きていた下宿生活をしていて、一緒に住んでいた仲間とよく真夜中のラーメン屋へ行ったものだった。いくつかの行きつけの店があったが、午後に夫婦で自宅から店舗に来て夕方5時頃に開店し、翌日の明け方まで営業しているD(中国の都市名)という店には最もよく通った。
その店は、カウンターだけで10席ぐらいしかなかったがいつも賑わっていた。夫婦で切り盛りしていて旦那さんが料理し、奥さんの方が配膳と食器洗い・レジを担当していた。
ラーメンの麺は少し透明感のある縮れ面で、メニューの中では私は味噌ラーメンが一番好きだった。トッピングした野菜が単品の野菜炒めのように載っていて大層なボリューム感があった。それと何故かカレーライスが旨かった。ラーメン屋のカレーなのだが、これが馬鹿に出来ない味を出していた。カレーはどう料理していたのか。作り置きしていたものを温め直したような感じがしない。もちろんレトルトを温めて使っていたということもない。下宿仲間と店へ行った帰り、食後の満足感に浸りながら味噌ラーメンやカレーの美味しさについて、ああだこうだと講釈し合ったものだった。
雰囲気について言えば、店をやっている夫婦の仲があまり良くないように見えた。いつも奥さんが旦那さんに叱られていた。そして奥さんがそれを不満そうに渋々聞いていた。これは客として、少し改善してもらいたい気持ちになるほどだった。というか、あんまり奥さんを苛めないでくださいと言いたいくらいだった。
旦那さんは中国で生まれ育って、理工系の学校(大学?)を出ているらしい。数学や物理学の専門用語を知っていて、客とその方面の会話のやりとりをしているのを何度か聞いたことがあったのである。ラーメン屋をやりながら、そういった学識があることについての矜持を忘れていないのかもしれない。
下宿仲間とは、店の料理は美味しいが、奥さんにきつく当たることはやめてほしいという感想も話し合ったものだった。しかしそんな夫婦仲でも毎日店はしっかり営業し続け、明け方には閉店となり、自宅に二人で一緒に帰って行った。
ある時下宿仲間と店へ行って、注文した料理を待ちながらカウンター席に座っていると、いつものように旦那さんが奥さんを注意していた。しかし、その展開がいつもと違う。くどくど叱りながら実は旦那さんの方が勘違いをしていて、奥さんは一つも悪くないことが次第に判明してきたのである。旦那さんもばつが悪くなったようだった。振り上げた拳の下ろしどころが分からなくなっている感じなのである。
まだ20歳そこそこの大学生だった私には、夫婦関係の機微など少しも分からない。こちらとしては相変わらずの気まずさだけを感じていた。そんな雰囲気が続く中で、奥さんがいきなりクスッと笑ったのである。つまり自分には全く非がないのだから、旦那さんに対してもういい加減にしたらという気持ちになったのだろう。旦那さんも客の手前、奥さんに対して素直に謝る訳にもいかず、気持ちの方向転換をして料理作りに専念し始めた。それから見事に空気が変わった。少し明るくなったような気がしたのである。
客側の私達としては、その成り行きを眺めていて素直にほっとした。そして、少なくとも私は奥さんの強かさを垣間見た思いがしたのである。奥さんは毎日旦那にぶつぶつ小言を言われているようで、実は支配権を握っているようなところがあった。いざという時の判断は奥さんが下していたのかもしれない。旦那さんも、今で言うツンデレみたいなところがあったのではないか。夜が明ければ、毎日お互いを労いながら暖簾を下しているのかもしれない。そんな想像も出来そうである。
私は大学卒業まで4年間この店に通ったが、ずっと賑わっていた持続性の秘訣は、料理の旨さとこの微妙な夫婦関係にあったと今更ながら勝手に推理したのである。
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