大学を卒業して社会人となり、改めていろいろな言葉づかいのマナーを学んだが、職場で直属の上司から早々に注意されことがあった。目上の人に対して退勤の際に「ご苦労様でした」と労いの言葉をかけたら、その様子を見ていたその上司から、目上は「お疲れ様」目下は「ご苦労様」、そう声をかけるのが正しいのだ、少なくとも目上に「ご苦労様」は失礼な言い回しだと教え込まれた。
まだ二十代前半の何事も勉強不足の人間だと自覚していたので、素直にそれを受け入れて以後気をつけるようになった。考えてみれば、時代劇などで殿様が家来に「ご苦労であった」などと台詞を言う場面があるから、なるほど「ご苦労」は目下に対して使われるのが正しいのだとも納得した次第である。
60歳の定年退職が近づいた頃、ある同僚女性から、目上の人に対して「お裾分け」と言うのは失礼で「お福分け」とするのが正しいという言葉の作法を教えられた。これも、裾というのは着物や洋服でも下の方にあるから、そんなところにあるようなものを目上の人に差し上げるのはいささか失礼であるという道徳観念があり、それでそのような言葉の使い分けになったようである。しかし「お福分け」の「福」というのも何か仰々しい感じがしないでもない。
日本語は、コミュニケーションの相手が自分より上か下かで言葉づかいが異なる。これは外国語でもいくらかはあるが、日本語ほど煩くはない。
こんな使い分けの作法なんてもう時代に合わない、早くなくなってしまえ、という気持ちもある。若者の間で少しずつタメ口が広まっていることはもう元に戻らない現象である。いずれ「ご苦労様」と「お疲れ様」、「お裾分け」と「お福分け」の違いも消えていくことだろう。現に「お福分け」などと言ったりする場面などあまり経験したことはない。もしそう言われたら、「福」という言葉を意識して、どんな福なのだろうと変な期待感を持ってしまうかもしれない。
SNSなどの急速な普及と進展により、言葉づかいの変容は今後も劇的に進んでいくことだろう。古い言葉づかいを大切がるのはマナーとしてではなく単なるもの好きとして見られる時代になるかもしれない。
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私はどこかで、目上の人には「了解しました」ではなく「承知しました」と言うべきと聞きかじりました。
漢字の意味を考えれば、「了解」は「おわる」と「わかる」、「承知」は「うけたまわる」と「しる」だから、確かに「了解」は「わかった!」、「承知」は「わかりました」というニュアンスです。
それ以来、「承知しました」を使うようにしていますが、誰もそんなことにこだわってはいないだろうなあ。
久美子さん、久々のコメントありがとうございます。
目上か目下かで言葉を使い分ける日本的な慣習は次第に廃れていくことでしょうね。
しかし、一人ひとりの日本人の用語上の癖やこだわりは消えることがない、そう断言できます。私も相当な癖とこだわりを持って人と会話し、ものを書いています。もちろんそんなことは他人にひけらかすようなことではないとも思っていますが…。