下野川柳会の例会で、偶に選を仰せつかることがあったが、これがいささか苦痛でもあった。前月の高得点者4名が各自に与えられた課題吟の選を担当するのだが、少なくとも私にとって下野例会での選はときめきがあまり感じられないものだったからである。今は例会には参加していない。
20名前後の出席者で、一つの課題に2句出句する。だから40句程度が集まる。これに秀作20句、五客、三才の計28句を選ぶ。高齢化によって参加人数が減少化を辿り、10数名の時も多くなった。そうなるとほとんどが入選となり、没句は数句ということになる。いや、没句ゼロ、全句当選という事態も度々あった。
出句時刻が過ぎて他の選者と一緒に別室で40分程度の選句作業を進めると、粗選で佳句として選び抜く句数が10数句程度にしかならないことが多い。規定数の28句をかなり下回るので、落とした句をもう一度読み直して落穂拾いをする訳だが、これが苦痛なのである。数合わせをするために大しておもしろいとは思えないものを選ばざるを得ない。やっていて興趣が湧かない。三才や五客を選ぶ際にはそれなりの楽しさ、悩ましさはあるが、こういった仕方なく句を選び直す作業というのははっきり言ってつまらない。選をする時は選者としてのときめきが欲しいのである。
6月末に、千葉県の東葛川柳会の句会にゲスト選者として参加した。課題「哲学」の選で、出席者約50名、投句参加者約50名。一人3句の出句・投句だったので、合計約300句が集まった。入選句は50句で倍率は約6倍の厳選である。限られた時間内での選句作業に力が入った。五客・三才の役物はないが、50句に絞り込むにはいい句が多くて本当に苦労した。素晴らしい句なのにそれを見抜けず、取りこぼししてしまったら選者の資質が問われる。そういう緊張感があった。だから選が終わってからの脱力感が心地よく披講の時間が楽しかった。栃木からわざわざ千葉の柏まで出て来たが、大いに満足する集まりであった。入選句の規定数があるため、残念ながら漏れてしまった作品に対してはいささかの申し訳なさ、後ろめたさを感じた。
ご承知かと思うが私は川柳マガジンの新鋭柳壇の選も担当しているが、特選句の選出、秀作9句の順位付けが悩ましい。でも楽しい。選評を書く時もペンに力が入る。
これからNHK学園の誌上大会(ふじみ川柳大会)や日川協の誌上大会(令和柳多留)の選が待っている。どっさり届いた句箋と格闘・苦闘する訳であるが、大変だと思いながらも楽しい時間を過ごせる訳である。有り難い時間でもある。
4年前に定年退職してからはほぼすべてが川柳生活となったが、句を詠むだけでなく選句作業の時間もかなり増えてきた。これは想定していなかったことである。
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