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 2023年6月27日に「第二の『第二芸術論』について-生成AIの時代を迎えて-」を書いたが、その後の生成AIの進化には目を瞠るものがある。その研究開発に世界的な規模で何兆円、何十兆円が注ぎ込まれているのだから、ある意味では充分予想されることだったのかもしれないが、短詩型文芸のジャンルでは、AI川柳、AI俳句の世界がそれなりに出来上がりつつあると言えるだろう。
 川柳や俳句のジュニア部門では、小中学生がAIに句を詠ませてコンクールに応募することが当たり前のようになってきている。自分の頭の中で作ったのか、スマホに詠んでもらったのかの判別がつかない。3年前にChatGPTが登場した頃、何かの題を出して川柳を詠ませたら、一応は五七五の形になっていたが、作品にはとても思えない代物だった記憶がある。それが今では全く違う。尤もらしい十七音の句がいくつも出来上がって提示してくるのである。
 いずれジュニアを対象とした短詩型のコンクールは開催できなくなるのではないか。既に中止になったところもあると聞いている。それでは、大人の世界はまだ大丈夫なのか? AIによって育った子どもがいずれ大人になれば、改めて川柳を詠もうとしてもやはりAIに頼ることだろう。目の前に便利なものがあるというのに、それを使わずわざわざ自分の頭を捻って考え込む輩はいない。
 このままでは短詩型文芸は少しずつ衰退して、いずれは消滅してしまうかもしれない。もちろん、韻文の世界では短歌や詩もAIが書く時代になることだろう。小説も然りである。
 一体これからの世の中はどうなるのか。空恐ろしい気がしてきた。ナントカ亡国論という言葉があるが、いずれAI亡柳論、AI亡俳論が出てくるだろうか。

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AI川柳について”にコメントをどうぞ

  1. 月波与生 on 2026年1月9日 at 10:57 PM :

    すでに生成AIは水準以上の川柳を作れるので、推敲時のパートナーとして使用している人は増えているのではないでしょうか。生成AIが協力しているという前提で選者は選をする必要があるでしょう。川柳人はどこまでが自作といえるのか、の再定義が迫られます。

    • 三上 博史 on 2026年1月11日 at 6:43 PM :

       与生さん、コメントありがとうございます。
       個人的には、推敲時のパートナーにAIを使うというようなことはしたくありませんね。

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