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 若い時分に私服の警察官に尾行された経験がある。これは決して私の思い込みや思い過ごしではない。万引きするのではないかと間違いなく疑われて後を付けてきたのである。
 大学5年生の時に一人で都内の大型書店(日本最大級)へ行ったことがあった。最寄駅を降りてその店の中へ入ろうとした際に、少し離れて何か後ろにいる者の気配に感づいた。その後店の奥へ入って行くと、まだその影は付いて来る。それではっきりと尾行されていることが私なりに判った。階段を昇ってフロアを上がってもまだ付いてきた。どうしようか。「私は万引きをするために店へ入った訳ではありません」と、振り返ってその影の人物と向き合い、正々堂々と話しかけることが出来たかもしれない。でも二十歳そこそこの若者では、そんなことをキッパリ言える勇気の持ち主もなかなかいないのではないか。
 買い求めようとしていた人文社会科学コーナーの棚から、関心のある1冊を取り出してページを捲り始めた。これはわざとらしい演技や芝居などではない。実際に興味があった哲学書だったので、立ち読みしたのである。どれくらいの時間が経過しただろうか。影はいつの間にか消えていた。こいつは万引きしないと判断して去って行ったのだろう。現行犯逮捕は空振りに終わったという顚末である(おそらくの話しであろうが)。
 その後、私はすっかりテンションが下がって嫌な気持ちになってしまった。万引きをするような人間に思われたことがショックだった。店に入る前から、怪しいと目星を付けられていたことも悲しかった。私はそんな犯罪者の人相に見えるのか。結局その書店では、買おうと思っていた本を探す意欲も失せてきて、仕方なく自分の下宿へ帰って行った。
 テレビドラマや映画などでいろいろな尾行のシーンが出てくるが、東京みたいな人混みの多いところでも、大方の大人なら自分の後ろに誰か付けている者がいた場合、その気配は背中で感じとれるのではないか。多分私ならすぐに感づく。いや若かった頃なら確かにそうだったと思う。今は高齢者の仲間入りをしてすっかり五感が鈍くなって、それはもう無理になってしまったが…。
 車を運転しながら追跡されるようなことがあった場合、これも若い時分なら、すぐその状況を判ってくるだろう。若いということは、とにかく周りを気にするものである。裏を返せば自意識過剰なところもある。齢を重ねてくると自意識は過剰どころではなくどんどん鈍くなってくる。何につけ鈍感になり、ある意味では大胆いや厚顔にもなる。老いることはほんとにヤバい。私服警察官には簡単に尾行されてしまうだろう。年寄りは悪いことが出来ない(笑)。

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